『クリエイティブ・チョイス』

『リスト化仕事術』

『問題解決クイックガイド』

問題解決クイックガイド

『EQクイックガイド』

EQクイックガイド

検索


トップ  >  読み物  >  大事なことの決め方・選び方  > 
163 コミュニケーションにおける慈善の原則

【議論に必要なのは、慈善の原則】

"principle of charity" という、思いやり深い言葉を見つけました。

思いやりの原理(principle of charity、慈悲の原理などとも訳される)は、言語哲学の文脈で出てきた考え方である。簡単に言えば、思いやりの原理とは、相手の発言や行動を解釈する際には、できるだけ筋が通ったものになるように解釈せよ、という原理である。
伊勢田 哲治ほか『科学技術をよく考える -クリティカルシンキング練習帳

「思いやりの原理」もよい訳だと思います。ただ、定まった訳がないようなので、私訳として「慈善の原則」を当ててみます。(1)

議論の当事者が慈善の原則を共有すべき理由は、明らかでしょう。

……ほんとうに「明らか」か。「いや、明らかでない」という主張はいくらでも可能です。たとえば:

  • 混沌から創造が生まれることもある。筋の通らない解釈があってもいいじゃないか
  • 筋が通るように解釈してばかりいては批判精神が育たない

などなど。このように突っ込まれると、話し手は省略した前提を添えなければなりません。たとえば:

  • ここでいう議論とは、ブレーンストーミングではなく論理の積み重ねで結論を導く話し合いのことだ
  • 議論は建設的な目的のためになされるべきだ
  • しかし議論はしばしば破壊的な結果になる
  • その主たる理由は、相手の発言の曲解である

などなど。わたしの理解による慈善の原則とは、上記のような省略された前提を、聞き手のほうで補おうという態度です。もし「議論の当事者が慈善の原則を共有すべき理由は、明らかでしょう」という言葉に納得できないのであれば、相手の言葉を筋が通ったものとなるように上記のような前提を想定し、その前提を話者に確認したうえで、納得できない前提について質問する。そのような進め方をします。

「そんな面倒な。意見を成立させるために必要なだけの前提を明らかにするのは、話者の責任だろう」と思うかもしれません。わたしもそう思いました。だからこそ、"charity" の精神が必要なのでしょう。

慈善の原則は、1950年代の終盤にニール・L・ウィルソンによって作られ、他の哲学者たちによって他の解釈も与えられてきたと書かれています。(2) その、ある種のまとめとして、次の4か条が紹介されていました。

  • 相手は言葉を通常の用法で使っている。
  • 相手は真実を述べている。
  • 相手は正当な議論を立てている。
  • 相手は興味深いことを言っている。

コミュニケーションにおける慈善の原則 - *ListFreak

【慈善の原則を守るために必要な3つの力】

せっかくよい考えを見つけたので、この原則を守っていくために何ができるかを考えてみました。例によって仮説を立て、日々の仕事や生活の中で検証してみたいと思います。

これも例によって情・知・意の枠組みで考えました。

  • 自己コントロール
    まずは、慈善の心を失いそうになった自分に気づけなければなりません。そのうえで気持ちを立て直し、「相手は興味深いことを言っている」と思える心の状態を作り出せるスキルが必要です。
  • 目的意識
    自己コントロールができても、相手をただ懐柔したり調子を合わせているだけでは、議論になりません。議論を建設的なものにしようという目的意識を持ち、何を言うべきかを考える態度が必要です。
  • 論理性
    上述のように、相手が省略したであろう前提を補える論理性が必要です。

【相手の思考を促すために】

上記の文章を書いたのは、1年と少し前です。講師・ファシリテーター・自社サービスのセールスパーソンなどの役割で、人と話し合う機会はたくさんありました。毎日気をつけられていたわけではないものの、この1年間を振り返って慈善の原則の有効性を検証してみたいと思います。議論の雰囲気、内容、その他の副産物、注意点に分けて考えます。

議論の雰囲気は、確実によくなります。こちらの解釈スキルが足りずに話し手の論理をうまく汲み取れなかったとしても、「あなたの話を理解したい」という態度で話を聞くかぎり、気を悪くする人はまずいません。

議論の内容は、比較実験こそできないものの、深化することが多かったように思います。話し手が言いたいことをうまくまとめられないとき、聞き手がその考えを促せることがしばしばあります。話し手には自明すぎて見えなくなっている論理の前提を、聞き手なら見つけやすいからです。

その他の副産物としては、ファシリテーションの向上を挙げたいと思います。スキルが上がったかどうか実際にはわかりませんが、すくなくともよいトレーニングにはなりました。話し合うべきテーマからズレた話を始める人がいるとついムッとしてしまいますが、議論をぶちこわしにしようと思っているので無いかぎりは、その人なりに善き意図をもって発言しているはず。そう考えることで、発言を否定せずに軌道修正を図るためのよい言葉が見つかるケースがありました。

注意点があるとすれば、あまり先回りしないことでしょうか。内容のところで述べたように、話し手が記憶を探りつつ考えつつ適切な言葉を探さなければならないようなときには、話し手よりも聞き手のほうが思考のスペースに余裕があります。だからといってあまり先回りしてしまうと話し手が気分を害し、慈善の原則から外れてしまう結果になってしまいます。話し手が考えるペースをつかみ、思考を促すタイミングで要約や論点確認をしていく必要があります。


(1) principleは日本語の原理にも原則にも訳される言葉ですが、原理は理(ことわり)という字から「もともとそうなっているしくみ」というニュアンスを感じます(例:これが人間の行動原理だ)。原則は則するという字から「人が自ら従うと決めた規則」というニュアンスを感じます(例:これが私の行動原則だ)。今回は意志を持って従うべきprincipleなので、原則が私にはしっくりきます。
charityはストレートに慈善としました。思いやりはcompassionに取っておきたいので。

(2) Wikipedia(英語版)の冒頭の文章を訳したうえで引用します。

哲学・修辞学では、慈善の原則によって話者の言明は合理的なものと解釈されることが求められる。加えて、どんな議論であっても最善かつできる限り強い解釈による考慮が求められる。
"Principle of charity"

前
162 知恵のバランス理論
カテゴリートップ
大事なことの決め方・選び方
次
164 知恵を測るケーススタディ


Copyright (c) 2002-2015 Arch-it Co., Ltd.