●どこにいても「心ここにあらず」
仕事をしていると「家族ともっと過ごしたい」と思ってしまいます。ところが週末になると仕事のことが頭を離れません。
仕事をしていると「生産性や人格をもっと高めたい」と思います。ところが研修に出るたびに「仕事があるのに、こんなことしている場合じゃない」という気持ちになってしまい、研修に集中できません。
結局、どこにいても「心ここにあらず」な感じになってしまい、どこにも行けないような不安を感じています。
(営業職・40歳代・男性)
講壇から見ていると、研修という「今・ここ」にいられない人はそれと分かります。身体は物理的に存在していても「心ここにあらず」なのです。
同じ職種・職位の人であっても、見事な集中力を発揮して、その場から学べることは学び尽くしてやろうという態度で研修に臨まれる方もいます。
仕事について考えている時間が長いのは前者ですが、成果を挙げるのは後者の方だろうなと思います。
一日の単位で見ると複数のことをこなしている。しかし、ある瞬間だけを見ると、常に一つのことに注意を集中している。それが結局は高い成果に結びつきます。とりわけマネジャーは、多くの変数を取り込んで複雑な意志決定をするために「今・ここ」にとどまって考えることが求められるのではないでしょうか。
●どのようにして「今・ここ」にとどまるか
「今・ここ」にとどまることができない理由は一つではありません。目的意識が明確でないとか、仕事の種類や量が本人のキャパシティを超えているといった理由もあるでしょう。しかし、単純に注意を持続するスキルを学んでいないからという理由も大きいように思います。
わたしが見てきた範囲では、ストレス対処法、GTD(Getting Things Done、タスクマネジメントの方法)、初期仏教のヴィパッサナー瞑想、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー、心理療法の方法論)などで、繰り返し「今・ここ」に留まることの重要性が説かれており、また実践の方法が存在します。
それらすべてに共通する要素をごく大ざっぱにまとめてしまうと、次のリストに集約されると思います。
- 言葉、文、祈り、筋肉運動の繰り返しなどに心を向ける
- 雑念が浮かんできたときは受け身のままやり過ごし、再び繰り返しの作業に戻る
リラクセーションの原則 – *ListFreak
「やり過ごす」方法は様々です。
- 瞑想では、雑念が浮かんだ瞬間にラベルを貼ります。言語化して客観視することで、雑念が妄想に発展して思考や感情を乗っ取ることを防げます。
- ACTでも、頭の中で川のそばに立ち、雑念が浮かぶたびに船に乗せて流してしまうといったエクササイズがあります。
- 仕事術では「あ、あれもしなきゃ」ということが浮かんできたら、書きとめて置いて直前の仕事に戻れといいます。「やり過ごす」というニュアンスとは違いますが、割り込んできた雑念に思考を乗っ取られないようにするという点では共通点があります。
どこでもできて効果があるのは、呼吸を数えるエクササイズだと思います。ゆっくり呼吸をしながら10まで数え、また1に戻るというエクササイズです。1に戻るというのがミソで、注意を向けていないと11、12……と進んでしまったりします。
どこでもできるとはいえ、これでも5分くらいはかかってしまいます。さらに『「今・ここ」にいられない症候群』に罹ると、あれやこれやに注意を散らし続けるのに忙しくなってしまい、呼吸に注意を向けて「今・ここ」にとどまる(あるいは戻ってくる)きっかけを見失ってしまいます。
●気づきの鐘
そんなときに使える「気づきの鐘」というやり方をご紹介します。
一日の中には呼吸だけに専念できるような時間があります。たとえばエレベーターを待っている時間、お店で店員が伝票を書いている時間、映画の列に並んでいる時間など。たいていの人にとってそのような時間はいわば死んだ時間で、気が散っていて、現在の瞬間にとどまりにくくなっています。そのようなときにあなたがもし呼吸に注意を向けてみるなら、たとえ二、三回の呼吸であっても、心が静まり集中することができます。ある種のエネルギーと触れることができるようになり、その触れあいは気分を一新してくれることでしょう。
ふだんならイライラしてしまうような瞬間を、このように利用することができます。テイク・ナット・ハンは僧院における「気づきの鐘」のように交通信号の「止まれ」を利用する方法について話しています。「気づきの鐘」というのは、仏教の修行道場などで、作業中、定期的に打ち鳴らされる鐘のことを言い、その音を聞いたら、何をしていても手を休めて三回呼吸をし、現在の瞬間に立ち戻るようにします。(太字は引用者による)
ラリー ローゼンバーグ 『呼吸による癒し―実践ヴィパッサナー瞑想』
わたしはタイマーを「気づきの鐘」にしています。もともとは目や首を休めるために使い出したタイマーですが、「今やるべきこと」と「実際にやっていること」が逸れていないかどうかのチェックにも使えます。