●「イヤな予感がする」と「イヤな予感がしてたんだ」では大違い
本コラムの『意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく』という回では、情動や感情を意識下からのシグナルだと説明している神経学者や心理学者の見解を紹介しました。そのうえで、経験と感情をセットで記録することで経験のデータベースを育て、感情の動きを意志決定に活かしていけるのではないかと書きました。今回はその補遺です。
我々には「後知恵のバイアス」というやっかいな認知バイアスが備わっています。心理学者のユージン・ゼックミスタは、著書『クリティカルシンキング・実践篇』で、後知恵のバイアスをこう説明しています(1)。
「人がある出来事の結果を知ったとき、自分はそのような結果になることを前から予測していた、あるいは本来ならば予測できたはずだという確信をもつ」
何かの行動が失敗に終わり「やっぱり。イヤな予感がしてたんだ」と思ったとします。しかし、行動する前にほんとうにそう感じていたのか、それとも後知恵のバイアスによってそう感じてしまうのか、結果を知った後ではもはや分かりません。
●「それ」を感じた瞬間に書きとめておく
感情が決断の直接的な引き金になるケース(蛇を見たので恐怖を感じて逃げるとか)では、感情を受け取ったその場で判断すればよいのですからシンプルです。しかし、われわれの社会生活における複雑な意志決定においては、そういう単純なシーンばかりではありません。さまざまな状況を観察し、いろいろと情報収集などもして、あれこれ考え合わせて意志決定をするようなことが少なくありません。
その際に、われわれは後知恵のバイアスの影響を受けている、つまり「ある状況に初めて遭遇したときの感情状態を正確に思い出すことはできない」ことを理解している必要があります。そうでないと、EQを働かせているつもりが実は後知恵バイアスに振り回されているだけということになりかねません。
後知恵のバイアスを補正するためには、「ある状況に初めて遭遇したとき」や「何かを行う直前」に感じたことを記録しておく必要があります。事後に読み返して奇異に感じたとしても、それが自分の感情シグナルの正しい精度なのです。
ビジネスプランや戦略思考の研修では、新しいビジネスケースを読んだ瞬間に感じたことをメモしてもらっています(これはまったく個人的な経験に基づいたお勧めで、EQ理論や後知恵バイアスについて学ぶ前からそうしてきました)。
たとえば、ケースの主人公がいきなりある仕事を任されたとします。自分が主人公だったらその瞬間何を感じるか。これは人それぞれです。いままでの仕事はどうなるのかに思いを馳せる人もいれば、引き受けることによって自分の処遇がどうなるのかがフッと心配になる人もいます。
ところが、いざケースの状況に入り込んでしまうと「読んだ瞬間に何を感じたか」と聞いてみても、不思議なほど思い出せないものです。また思い出せたとしても、その情報にはあまり価値がありません。ケースの中に入り込んでしまった瞬間から、後知恵のバイアスが働いているのですから。
もし「その状況に出合った瞬間の感情メモ」が残っていれば、100%正確にとはいかないにしても、当時の感情を思いだすきっかけになります。EQ理論にのっとれば、なぜそのように「感じた」のかを理解し、「考えた」ことと統合することで、よりよい意志決定にいたることができます。
上記をふまえて、『意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく』で作ったリストを修正します。
◆感情を意志決定に活かすための、経験データベースの育て方
1.どんな状況だったか、どう「感じた」か
2.どんな選択肢があり、どう「考えて」どんな選択をしたか
3.どんな結果になったか
4.選択と結果をどう評価するか(=「考える」か)
5.選択と結果についてどう「感じる」か
実際には、こういった情報を意志決定をする案件単位で書いていくのは難しいと思います。業務日誌あるいは日記にこれらの情報を書きとめておき、大きな意志決定を振り返る際に編集していくのがよさそうです。感情を意志決定に活かすための経験データベースの育て方についてはさらに探究を続け、また皆さんにご報告したいと思います。
(1) E.B. ゼックミスタ、J.E. ジョンソン 『クリティカルシンキング・実践篇―あなたの思考をガイドするプラス50の原則』(北大路書房、1997年)