●論理的思考の役割は、大外れ(大当たり)を素早く見つけること
前々回(1)に、不確実な状況下でも仮定を置いて論理的に考えるメリットについて、このように書きました。
このような論理的なステップのメリットは、圧倒的に有利(不利)な選択肢が除けるところにあると思います。仮定のブレが影響しないほどに圧倒的な、よい(悪い)選択肢が見つかれば、われわれの選択は楽になります。
その後、将棋棋士の羽生善治さんのインタビュー(2)に、これと呼応するような言葉を見つけました。
コンピュータ将棋のプログラムと人間とでは、強くなっていくプロセスが違うそうです。コンピュータは「駒の動かし方を計算して手を決める」。これに対して、人間は「理にかなった駒の配置を覚えることによって、不自然なものを瞬時に排除する能力を高める」ことで強くなっていく、と語っています。
棋士は、定跡を覚えます。われわれビジネスパーソンは、フレームワークを覚えます。その目的は、「理にかなった」パターンをあらかじめ脳にインストールしておくこと。それによって、「不自然なもの」を素早く見つけて排除できる。
排除すべき「不自然なもの」とは、前々回のコラムに照らして言えば「圧倒的に悪い選択肢」です。この逆のパターン、すなわち定跡を覚えることで「圧倒的に良い選択肢」を見つける可能性については、羽生さんは言及していません。おそらくプロ棋士同士の対戦では、理にかなった駒の配置がそのまま「圧倒的に良い選択肢」になるような、ゆるい防御がほとんど無いからでしょう。
将棋とビジネスとを比較すれば、ビジネスの方がルールもゆるいはずです。ですから一般的には、論理的に考えることで「圧倒的に良い選択肢」を見つけられる可能性は高い。ただし、市場も成熟していて、寡占によって競争相手も限定されている状況では、戦いは将棋に似てくると思います。論理的に考えることの意味合いが、プロ棋士のそれ、つまり「不自然なものを瞬時に排除する」ことに似てくるのではないでしょうか。
将棋のような厳密なルールに則ったゲームでさえ、人間が理詰めで考えても「正解」は出ないのです。まして皆さんのビジネスにおいておや、です。外部環境がどうあれ、論理的思考の主な役割は、大外れ(あるいは大当たり)を見つけること(でしかない)という点を、意志決定を担うマネジャーは心しておくべきでしょう。
では、理にかなっていない選択肢を素早く外したあと、どのように最善手を見定めるか?羽生さんは「最後は直感」と言います。論理的には甲乙付けがたい選択肢から敢えて選ぶのですから、非論理的な(気取っていえば「超」論理的な)やり方しか残っていないわけです。
●それでも重要な、論理的思考
ただし、この「最後は」という部分には尋常ならざる重みがあります。「不自然なものを瞬時に排除」してから「最後は直感」で手を指すまでの間、棋士はしばしば長考します。直感で選ぶしかないと言えるにいたるまで、いったい何をどれだけ考え抜いているのか。それを考えると、うかつに「直感で決めていい」とは言えなくなります。論理的思考の役割は決して軽いものではありません。
雑誌などで、しばしば「論理的思考の限界」「『超』ロジカル・シンキング」という見出しを目にします。たしかに実務では、論理的に考えただけでは答えは見つからない、と思うことばかりです。しかし、ほんとうに「限界」といえるまで、理詰めで考えただろうか。単に面倒だからという理由で「限界」という言葉を口にしていないだろうか。限られた時間とルールのなかで死力を尽くして考えている棋士たちの戦いを見ていると、そのことを顧みずにはいられません。
(1) 堀内 浩二「恐怖のマネジメント」(「仕事と人生に効く、大事なことの決め方・選び方」、2009)
(2) 月刊誌「THE 21」2009年7月号(PHP研究所)の特集『残業ゼロの「スピード判断」術』より。