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034 サンクコスト(埋没費用)に埋没しているアセット(資産)

● サンクコストは意思決定の障害

事業を途中で見直す際に注意すべきもののひとつに、サンクコスト(埋没費用)があります。わが国では政権政党の交代によって国営事業の見直しが行われていますから、この言葉を目にする機会が増えているかもしれません。

サンクコストとは、すでに支払ってしまった(ので回収できない)コスト。福澤 英弘は、定量分析のすぐれた教科書『定量分析実践講座』で、サンクコストについて次のように解説しています(1)

 将来の意思決定に際して、過去の意思決定に影響を受けてはならない。それはすでにサンクコストとなっている。これからする意思決定により、起こるであろう将来の出来事のみで、評価しなければならない。

字面だけ読めば当然のようにも思えます。しかし、誰でも「せっかくここまでやったんだから……」という思いは持つものです。実際ニュースなどを見ていれば、この指針に従っているとは思えない意志決定をたくさん拾えます。われわれの意志決定が過去の意志決定との一貫性を重視するほうに偏りがちなことは、行動経済学の知見からも明らかです。

それを熟知しているに違いない著者は、次のようにクギを刺しています(1)

「死んだ子の年を数える」という言い方がある。この慣用句、心情的には理解できるが、合理的には無意味な行為だ。

●埋没費用に埋没している資産

もし「合理的」=「経済的」という意味であれば、たしかに無意味です。そして経済的な基準だけで意志決定をしていけるならば、マネジャーの仕事はむしろ楽になるでしょう。

しかし「合理的」=「理にかなっている」という意味であれば、何をもって「理にかなっている」というべきか、考える必要がありそうです。もし組織の成果が個々人の心情によって左右されるならば、心情的な側面を汲むことこそ理にかなっているという考え方もできるからです。

そしてもちろん、個人の心情は組織の成果に影響を及ぼします。EQ理論を世界に紹介したダニエル・ゴールマンは、次のように語っています(2)

 モチベーションはきわめて重要である。もしメンバーたちがゴールを大切に思い、ゴールに貢献意欲を燃やしている場合には、彼らはベストを尽くしてゴールを達成しようとする。つまるところ、グループの社会的効果性こそ、いかにグループが業績を達成するかを決定し、各メンバーの個人ごとのIQを上回る成果をあげるのである。結論としては、グループは、グループ内に調和を生み出したときにすぐれた業績を達成する。

ゴールに向けて活動してきた組織内には、グループ内の調和といった感情資産が蓄積しています。それは目に見えませんし、定量化も困難です。しかしわれわれはそれがより高い成果につながる資産であることを知っていますので、サンクアセット(埋没資産)と名付けておきましょう。

事業やプロジェクトを見直すときには、サンクコストは無視すべきですが、サンクアセットは無視すべきではありません。サンクコストは値が確定していますが、サンクアセットはプラスのまま次の事業に引き継ぐこともできれば、逆にデット(負債)にもなり得ます。

たとえばマネジャーは、採算面では厳しくなったプロジェクトを「やりきっておくことが、次につながる」という理由であえて完遂することがあります。「次につながる」などという非常にあいまいかつ主観的な理由は、認められるべきなのでしょうか。

おそらくマネジャーは、完遂することで得られる達成感や一体感が次のプロジェクトに引き継げると読んでいるのでしょう。それはそれで「理にかなっている」と思います。

ただし、定量化できない価値を求めるならば、せめて埋没しているアセットを引き上げておくべきでしょう。つまり、得たいアセットを言語化して、当事者間で共有するということです。


(1) 福澤 英弘 『定量分析実践講座―ケースで学ぶ意思決定の手法』(ファーストプレス、2007年)

(2) ダニエル・ゴールマン 『ビジネスEQ―感情コンピテンスを仕事に生かす』(東洋経済新報社、2000年)