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079 成功こそ成功の母?

 ●成功こそ成功の母

「失敗は成功の母」という言葉をバッサリ否定するような面白い文章を見つけました(1)

失敗は成功の源ではない。ハーヴァード・ビジネススクールのある調査によると、一度成功した起業家は次もうんと成功しやすい(次に成功する確率は三四パーセント)。しかし最初に失敗した起業家が次に成功する確率は、はじめて起業する人と同じでたったの二三パーセントだ。一度失敗している人は、何もしなかった人と同じぐらいにしか成功を収めていない。成功だけが本当に価値のある体験なのだ。

「ある調査」とは、”Performance Persistence in Entrepreneurship”(HBS Working Knowledge)のこと(2)。これは30ページを超える論文(で読み通すのが面倒)なので、著者らへのインタビュー(3)をザッと読んで、以下の文章を書いています。テーマは起業ですが、社内で事業を興すマネジャーにも十分参考にできると思います。

まずは「成功」の定義から。ここでいう成功とは、ベンチャーキャピタルの支援を受けて創業した起業家がIPO(株式公開)することです。ベンチャーキャピタルの支援を受けたことが条件になっている理由は、おそらく本文に書いてあると思いますが、いつ起業を志していつ失敗したかを測定しやすいからでしょう。

引用文には載っていませんでしたが、初めて起業して成功する確率は22%です。失敗した人が2回目に挑戦しても、成功確率は23%と変わらない。この結果に興味をひかれました。成功は、起業家個人の学習能力やもともと持っている能力とは関係ないところで決まっていることを示唆しているように思えたからです。なぜかと言えば:

  1. もし起業家の学習能力によって成功の確率が上がるならば、初めて起業して成功する確率(22%)よりも、1の失敗を経て2回目の挑戦で成功する確率の方が高くてしかるべきですが、実際には23%と変わっていません。
  2. もし学習能力でなく、起業家個人がもともと持っている能力によって成功の確率が決まるならば、1回目で成功した人を除いた母集団が再挑戦する場合、成功確率は下がるはずです。しかし実際には、1回目の失敗者も2回目には23%が成功しています。
    たとえば、100人にけん玉を渡して「もしもしカメよ」を30秒間やってもらうとします。一発でできた人は22人、つまり成功確率は22%でした。では残りの78人に再挑戦してもらうと、どうなるか?78人の22%が成功するとは、とても思えないでしょう。『けん玉で「もしもしカメよ」を30秒間続けられる』ことははっきりした能力で、できる人は何回でもできます。できない人も、練習を積めば確率は上がるとはいえ、2回目ではまずできません。
  3. この調査結果を説明できる事例は、けん玉でいえば、参加者の能力レベルをはるかに超えた難しい技に挑戦してもらうケースでしょう。1回目の成功率は5%。成功者の表情から「まぐれ」だと分かります。残りの95人が再挑戦した場合、期待できるのは1回目と同じ5%でしょう。課題が難しすぎるために能力の相対差が小さくなり、できるかできないかは偶然に依存してしまうのです。

●「2連勝」を支えているもの

 しかし、もし起業家個人の能力が成功失敗に影響しないとすると、1回目で成功した人は2回目に34%の確率で成功するというデータをどう解釈すればよいのでしょうか。これにはいくつかの場合を考えることができます。

一つめは、成功によってのみ学習できる何かがある場合。強いていえば、自転車の乗り方を覚えるときのようなものでしょうか。たとえば水泳は「わたしは25mがせいぜい」「わたしは100mくらいなら」と上手さにバリエーションがあります。それに比べると自転車は「乗れるか乗れないか」という要素が強いといえるでしょう。成功するまでには何回か挑戦が必要ですが、一度成功してと分かると、もう失敗しません。「ああ、こういうことか!」という成功体験が決定的に重要ということです。
引用元の論文では、2連勝する人は市場の選び方と参入タイミングを測るスキルが高いと分析しているようですが、もしそういったスキルがもともと高い人が成功しやすいのであれば、先述したように、敗者復活戦の成功確率が変わらない理由が説明できません。しかし、最初の成功によって「ああ、こういうことか!」という感覚をつかみやすいのであれば、成功がスキルを高め、第2戦の勝率を上げることは大いにあり得そうです。
この効果が認められるならば「成功は起業家個人の能力には依存しない」というよりは「はじめての成功は、起業家個人の能力には依存しない」というほうが、より正確かもしれません。

 二つめは、能力とは関係なく「以前に成功したから」という理由で成功確率が上がる場合。これは引用元の論文に書かれていたことですが、たとえば初回の成功によって取引先や顧客からの信用が増すとすれば、より有利に事業を展開しやすくなります。結果として、能力は伸びていなくても、成功の確率は高まります。
1回めに失敗した起業家は、これとは逆に、2回目ではより厳しい条件を提示されると思います。しかし1回目の成功者が2回目で自分の成功体験を声高に宣伝してプラス効果を最大限に得ようとするのに対し、1回目に失敗した人はそれを積極的に開示しないことでマイナス効果を最小限に抑えようとするでしょう。結果として、1回めの成功体験が周囲からの後押しを受ける効果がクローズアップされます。

実際には、これらの効果は合わさって発揮されるのではないでしょうか。
たとえば、1回目に成功した人は、「成功によってのみ学習できる何か」のおかげで、2回目の潜在的な成功確率が30%に上がり、さらに周囲からのサポート効果を享受できるので、結果として34%という高い成功率になる、というイメージです。
1回目に失敗した人は、失敗から何かを学んだプラスの効果と失敗によって信用が得づらくなったマイナスの効果が相殺されます。この効果がどのくらい寄与しているかは分かりません。どちらの効果も大したことがないかもしれませんし、両方ともそれなりの効果を発揮しているのかもしれません。いずれにせよ上手く打ち消し合って23%という数字になっています。

●9敗1勝は成功なのか、失敗なのか

さて、ここまでの仮説をまとめます。

  • 何回目の挑戦であれ、初めて成功する確率は変わらない(失敗からの学習効果(+)と信用失墜効果(−)が考えられるが、どちらもごく小さいかうまく相殺しているかで、結果的には影響を及ぼさない)
  • 成功によってのみ得られる何か(やり方のコツや周囲のサポート)が存在し、1度成功するとそれ以降の成功確率は高まる

いま、残念ながら1回目で失敗したとします。この2つの仮説がともに正しいとして、どうしましょうか。

ここでふたたび「成功」の定義を考えなければなりません。前述の定義に照らせば、連戦連勝の起業家はうたがいなく成功者です。しかし9連敗の後ようやく1勝した起業家はどうでしょうか。(そう単純ではありませんが)資金の手当てを受けている限り、起業家は何度でも失敗ができます。そして1勝でもしたら、分け前がもらえます。同時に、例の「成功によってのみ得られる何か」が手に入り、それ以降の成功確率はグッと高くなります。

もし9敗1勝でも成功と思えるのなら、10戦して1勝すればOKなわけです。初めて成功する確率が22%のとき、10戦全敗となる確率は(78%の10乗で)約8%です。裏を返せば、92%の人は10戦すれば最低1勝を上げられます。こうなってくると、もちろん成功は成功の母だが、失敗もやはり成功の母だと言えそうです。

起業を肴に話を進めてきましたが、先ほどの2つの仮説は、社内起業はもちろん、より大きな文脈にも当てはまるように思えます。
何かに挑戦するならば、意義ある1勝のために9敗してもよいと思えるテーマを選ぶこと。成功したと思ったら「成功によってのみ得られる何か」をしっかり学びとろうと思うこと。そういった心得は、「人生への満足」といったことがらについても、参考になるように思えるのです。 


(1) ジェイソン・フリード 他 『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則』(早川書房、2010年)

(2) “Performance Persistence in Entrepreneurship” (HBS Working Knowledge)

(3) “The Success of Persistent Entrepreneurs” (HBS Working Knowledge)