【感謝されると親切心が倍増する】
『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(1) を書いた、ペンシルベニア大学ウォートン校教授のアダム・グラントは、2010年にハーバード大のフランチェスカ・ジーノ准教授とともに、「小さな感謝は遠くまで届く:なぜ感謝の表現は向社会的行動を動機づけるのか」という論文を発表しています(2)。
ストーリー性のある面白い論文なので、順を追って紹介します(といっても4つの実験の前半の2つだけですが)。
69人の被験者はそれぞれ、エリックという人物からメールを受け取ります。就職活動に必要な書類の一つであるあいさつ状(以下カバーレター)のレビューを依頼する内容です。被験者がレビューを返信したあと、エリックはその返信でさらにもう一通のレビューを依頼します。
ただし冒頭部分は同じではありませんでした。被験者の半数には1回目のレビューに対する感謝の言葉が述べられていたのに対し、残りの半数にはただ中立的な言葉が添えられていました。
結果はどうなったか。エリックから感謝の言葉を受け取った被験者の66%が再依頼に応じたのに対し、感謝の言葉がなかったグループは32%しか応じませんでした。
もちろん感謝の言葉があった方が再依頼に応じてもらいやすいだろうとは思いましたが、なんとダブルスコアとは。
グラントらは、再依頼に応じる動機についても調べています。というよりも、こういった親切(向社会的行動、prosocial behavior)の動機について調べることが本来の目的でした。
その結果、たんに感謝されて気分がよくなったため、あるいは自己効力感(セルフ・エフィカシー / self-efficacy)が高まったため、というよりは、社会に価値を認められているという感覚(social value あるいは social worth)が高まったためだという結果が得られました。
【感謝は伝播する】
さて実験の翌日、被験者はさらにスティーブンという人物からメールを受け取ります。内容はエリックと同じ。さて結果はどうなったか。
前日感謝された被験者の55%が依頼に応じたのに対し、感謝されなかった人は25%しか応じなかったというのです。
前日エリックに感謝されて、被験者の社会的価値感は高まりました。その感覚が日をまたいでも残っていて、スティーブンスの依頼への応答率の高さとなって現れたということでしょう。
【ありがとう効果】
親切に対する感謝の言葉は、日を超え、人を介して、親切を伝播させる。「ありがとう効果」とでも命名したいですね。
実験の前半部分を読んで考えたのは、この知見が、感謝する際の言葉選びにもヒントをくれているということです。
たとえばエリックが「的確な添削ですね!語彙や文法の知識がすごいです!」と書いたとしたら、これは能力をほめる言葉です。相手のセルフ・エフィカシーに訴える言葉です。
これも十分よい感謝の言葉です。ただ、第三者への親切をうながす(向社会的行動に向けてより強い動機づけとなる)という観点からは、相手の社会的価値を認める言葉、たとえば「困っていたので助かりました!」「あなたに頼んでよかったです」の方が効果的なようです。
社会的価値を感じるとは、平たく言えば「居場所があると感じられる」ということでしょう。マネジャーとして部下に感謝の言葉をかけるなら、部下がそのように感じられるよう、組織の中で果たしてくれた役割(あなたがいてくれてよかった)について言及したほうがよいと言えそうです。
後半部分で気になったのは、エリックに感謝されなかったグループは、スティーブンスに対する応答率がエリックの2回目の依頼に対するそれよりも下がっている(32% → 25%)点です。
母数が69人と少ないなかでの7%、おそらく実数では4人程度の違いでしょう。あまり深読みするべきではないでしょうし、論文でも特に言及されていませんでした。
しかし仮に、エリックからの感謝の言葉の欠如がスティーブンスへの親切心を削いだのならば、「ありがとう効果」にはもう一つの意味が生じます。
「感謝の言葉は社会に親切を広げる」効果だけでなく、「感謝の言葉の欠如は社会から親切を削り取っていく」効果もあるということです。
根拠もない中で想像をたくましくしてもしかたがありません。すくなくとも感謝の言葉を絶やさなければ、マイナスの効果があったとしても生じないわけです。
……こう書いてくると、安直だと思いつつもオチはこの言葉以外ありません。
ここまで読んでくださったことに感謝します。ありがとうございました。
(2) Grant, Adam M. & Gino, Francesca. (2010). A little thanks goes a long way: Explaining why gratitude expressions motivate prosocial behavior. Journal of Personality and Social Psychology, Vol 98(6), 946-955.