● ディシジョン・ツリー
いま、10億円をかけて商品Aを開発するか、1億円で商品Bを開発するか、どちらかの選択があるとします。
決め手は、商品を投入できる2年後から3年間の景気動向。商品Aは生活への密着度は低いが遊び心にあふれているので、景気が上向き続ければ100億円の売上(3年間の累計。以下同様)を見込めます。しかし横ばいないし下降基調にあっては5億円しか期待できません。商品Bは逆に不況に強いタイプで、2億円は堅いと予測されています。ただし景気が上向いた場合でも、売上は5億円にとどまる見込みです。予測によれば、当該期間に景気が上向き続ける確率は5%でした。
こんな状況下で使えるのが、ディシジョン・ツリーです。この場合、商品AかBを選択し、それぞれのケースで景気が上向き続けた場合とそうでない場合があるので、4つのシナリオがあります。それぞれのシナリオの結果と、そのシナリオが実現する確率を掛け合わせ、商品ごとに足し合わせれば、商品ごとの結果(今回は売上)の期待値が計算できます。
そこから開発コストを引くと、商品Bの方が期待利益が大きいことが分かります。商品Aは赤字でした(流通・販売コストなどは一切無視しています)。
-0.25 億円 ┌好景気( 5%) ─100 億円
┌商品A(10億円) ─○
│ └不景気(95%) ─5 億円
□ ∧
│ ┌好景気( 5%) ─5 億円
└商品B( 1億円) ─○
1.15億円 └不景気(95%) ─2 億円
ツリーを広げたり、深めたりすることで、より精緻なシナリオが作れます。「広げる」とは、たとえば商品AとBに加えて「C」、好景気/不景気に「変わらない」という新しい選択肢を加えることです。「深める」とは、たとえば(3年後でなく)1.5年後の景気によって、次の1.5年の決断(拡大/縮小/撤退)をするといったことです。
● 決断のツールというよりは、決断を自分に納得させるツールとして
ディシジョン・ツリーを作るだけでマネジャーの仕事が務まるならばよいのですが、残念ながらそうはいきません。マネジャーが実際に知恵を絞るべきは、ツリーにどの変数を採用するか、それぞれの変数にどのような値を与えるかといったことでしょう。おそらくは次のような問いを発しながら考えるものと思います。
「そもそも、われわれが変えられるもの、変えられないものは何か?」
「変えられないもののうち、結果にもっとも大きな影響を及ぼす変数は何か?」(景気)
「その変数はどういう状態を取るか?それぞれの状態になる確率は?」(景気予測)
「最終的な結果をどう予測するか?」(売上予測)
しかしどこまでいっても、ディシジョン・ツリーがマネジャーの代わりに決断してくれることはありません(一部の業務では実際に使われているそうです。ただし、ある程度定型化した業務か、長い経験から来る蓄積があるか、他に頼るものがまったくないかといったケースに限られるでしょう)。上の例のようなもっともシンプルなケースでさえ、商品Aの不景気時の売上予測を1.5億円だけ、あるいは好景気の見通しを2%だけ高めれば、結論は商品Aのほうに傾いてしまいます。
となると、いくら定量的に判断しようと思っても、客観的なデータが何もない中では、結局数字の遊びにしかならないのでしょうか。
かならずしもそうではないと思います。
ディシジョン・ツリーのようなツールを作る作業は、主要な変数に絞り込んだ上で網羅的に考えさせてくれるので、考えの抜け漏れを減らしてくれます。偏りがちな数値感覚も補正してくれます。たとえば今回のように、最終的な結果のリターンは大きくてもそれが生じる確率が低い場合にどれくらいが期待できるのか、われわれの直感はうまく働きません。
また、決断にいたるプロセスを改善してくれます。上の商品Aでいえば、5%しかない環境要因に依存するのはやはり危険ですから、たとえば中間のチェックポイントを置いて決断を多段階にする余地があります。
さらに、決断の過程が分かるので、後から振り返ったときの反省材料になります。抱いていた過大な期待や、見逃していた重要な変数に気がつくことができます。