因縁(いんねん)・果報(かほう)というと、いわゆる「抹香臭い」言葉です。しかし、ものごとの因果関係を整理する要素としてとらえると、合理的で使い勝手のよいフレームワークです。今回は、なじみのあるこの言葉を日常的な意志決定にどう役立てられるかを考えてみたいと思います。
- 【因】原因 ― 結果をもたらした直接的・構造的な原因。
- 【縁】条件 ― 結果をもたらした間接的・偶発的な条件。
- 【果】結果 ― 実際に起きた事象。
- 【報】影響 ― 結果がもたらす影響。
分析にも立案にも役立つ「因縁果報」 – *ListFreak
※因縁果報という言葉は、どちらかといえばラベルとして借りています。必ずしも仏教用語としての因縁・果報という言葉の定義に沿っているわけではありません。
●問題の分析にあたって
「因縁果報」のそれぞれを、時系列を意識して配置してみると、こんな感じでしょうか。
過去 現在 未来 ↓ ↓ ↓ 因┬──果───報 縁┘
1.【果】
【果】は問題そのものです。ここでは結果として起きている事実をよく観察し、問題を具体的に理解します。
2.【報】
【報】は報(むく)い、つまり影響分析です。問題を放置するとどうなるのかを考えます。
短期的な影響を考えることで、短期的な対策(対症療法)の必要性を判断できます。長期的な影響を考えることで、問題の大きさ・深さが分かりますから、問題意識を強く持てます。何がどういう観点で問題なのかが明確になります。明確な問題意識は、次のステップ(【因】と【縁】)を通じて長期的な対策(原因療法)を導くために必要です。
3.【因】と【縁】
【因】と【縁】は種類のことなる原因です。
たとえば、なぜかプレゼンで失敗しがちという問題を感じていたとします。ある回では厳しい質問にうまく答えられなかった。ある回では会場が大きくてアガってしまった。ある回では調子に乗りすぎて時間オーバーしてしまった。どうも高い評価を得られないことが多い。
「厳しい質問」や「大きな会場」、「調子に乗りすぎてしまったこと」は、どれも問題の原因といえます。それがなければ失敗しなかったでしょうから。
しかしこれらの、そのときどきに起きる偶発的な原因のほかに、より直接的・構造的な原因を求めることができます。たとえばシンプルに「練習不足」、さらにさかのぼって「準備に対する意識の甘さ」といった原因です。
「練習不足」という直接的な原因【因】が、「厳しい質問」や「大きな会場」という一回性の条件【縁】によって、失敗という結果【果】を招く。そのようにとらえると、問題の構造がよく理解できます。
【因】と【縁】の違いは、失敗しない人と比べてみると分かりやすいかもしれません。プレゼンの上手な人は、失敗につながるさまざまな直接原因【因】を断つ努力をしているため、偶発的な事象【縁】が介入してきても、失敗という結果【果】を避けることができます。注意深い人は、用意したスライドが映らなくても、配布資料が間に合わなくても、その場をしのぐ練習をしています。
【縁】の介入は避けようがありません。上述のプレゼンの上手な人の例を考えても分かるように、何が起き得るかはある程度予測できます。しかしそれが起きるか起きないか、起きるとしたらいつかということは、予測できません。予測できるのであれば、それは定義からして【因】とみなすべきでしょう。
【因】は、いうなれば再現性のある原因なので、断ち切る努力ができます。【因】を断てば、同じ【果】は生じないことになります。
実際には、単独の原因が単独の結果に結びつくというシンプルな関係はほとんどなく、また【因】と【縁】をきれいに分けることも難しいので、原因分析はおのずと複雑な作業になります。ただ、直接的・構造的な原因【因】と、一回性の原因【縁】とを分けて考えるアプローチは、本質的な原因をつかむうえで役に立ちます。
●戦略の立案にあたって
戦略立案にあたっては、問題解決とは対照的に、これから起こしたい未来を描きます。時制は次のように考えればよいでしょう。
現在 未来 ↓ ↓ ↓ 因─┬──果───報 縁
1.【因】と【果】
望ましい結果【果】を描いて、そのために必要な資源【因】を投入する。唯一【因】だけが、われわれが影響を及ぼせる要素です。
2.【縁】
しかし、【因】を用意すれば必ず【果】が得られるとはかぎりません。ビジネスでいえば、二社が同じように (1)顧客ニーズに応えた (2)性能の良い商品をつくって (3)十分なプロモーション活動をしたとしても、同じように支持されるとはかぎりません。
そこには偶発的な要素、つまり【縁】が働きます。たとえば、二社が同じように口コミ作戦を展開していたとしても、どちらかが「偶然」クローズアップされて、雪だるま式に評判が大きくなっていくことがあります。
【因】を絶え間なく、かつできるだけ多く投入しつづければ、それがいつかは予測できないにせよ、かならず【果】につながる【縁】が得られる。そう考えて「ビジネスの成功に偶然はない。継続的な努力あるのみ」という人もいます。
一方で、成功した経営者の中には、自らの成功要因を「運」だと言う人も少なくありません。知力を振りしぼって【因】を調えた人だからこそ、【縁】のありがたさを感じるのかもしれませんね。
これまでの話とは逆に、【縁】があっても【因】が用意できていないために【果】が伴わないというケースもあります。先ほどの例に続けるならば、運良く注目が集まったのに (4)需要に見合った供給を用意する ことがままならず、やがて忘れられてしまうパターンです。たとえば、FacebookなどSNSの先鞭をつけたのは、Friendsterというサービスでした。まっさきに【縁】を得たと言っていいと思います。しかし、急増するユーザーにトラフィックの増強が追いつかず、いわゆる「波に乗れなかった」サービスとなりました。
3.【報】
【報】は、予期せぬ展開と解釈したいと思います。何か【因】を投入したときには、【果】だけでなく思わぬ副産物が必ず生じるということです。
それが何か・それがいつ生じるかは分かりません。しかし「何か【因】を行ったときには、期待している結果【果】以外にも、必ず何か【報】が生じる」と心しておくことで、その【報】を別の【因】の新しい【縁】として活かしていけるかもしれません。