128 念・忘・解

【忘れるほど考え抜く】

ロボット工学の第一人者で「ロボットコンテスト」の提唱者としても知られる森政弘氏は、創造的なアイデアが浮かぶまでには念忘解というプロセスがあると述べています(『矛盾を活かす超発想』)。(1)

  • 【念】問題をかかえ込んで、いつまでもそのことが念頭を離れないほど考え抜く
  • 【忘】とことん考え抜くと自然に忘れてしまう(忘れようと思ってはだめ)
  • 【解】意識のうえに答えがひらめき出る

創造的な解にいたる「念・忘・解」*ListFreak

こういう発想のプロセスには、かならずといっていいほど「忘」のステップが入っています。有名な「アイデアが生まれる5つの段階」(『アイデアのつくり方』)にも、まん中に「孵化段階」があります。(2) 『意識の外で何かが自分で組み合わせの仕事をやるのにまかせる』ステップだと述べられています。

森氏の「忘」は、孵化段階への入り方に特徴があります。忘れようと思うと、そう思うことが対象を意識の上にとどめてしまう。逆に考え抜くと自然に「忘」に入る。そう言っています。どのくらい考え抜くのか、迫力に満ちた文章を引用します。

人為的に忘れるのではなく、徹底的にその問題を解こうと考え抜くのである。くたくたになってしまうまで考えて、考えて、考え抜くのだ。われを忘れて、考えることに全力投球するのである。  ものごとは、とことん徹底すると逆の地点に到達するものだ。(略)ずーっと起きていれば、ひとりでに眠くなるように、とことん考え抜くと自然に忘れてしまうのである。これがいちばん上等の「忘」への入り方である。

森氏のような深さではないとしても、経験的にはうなずけます。うなずける方は多いのではないでしょうか。

念忘解のプロセスは、実験によって確かめるのが難しいテーマです。「解」の創造性を測るなら、「念」じるテーマは揃えたほうがよいでしょう。自分が少額の報酬で集められた被験者の一人だとして想像します。テーマが与えられ、これについて「忘」れるまで「念」じ抜いてくださいと指示されても、とても意欲が続きそうにありません。

人が何かを考え抜こうとする意欲の源は何か。汲めども尽きぬ興味、つまり好奇心以外には思い当たりません。そして好奇心は「報酬ももらえることだし、ちょっと持ってみるか」という感じで持てるたぐいのものではありません。

【創造性←好奇心←個別性】

多くの組織が社員に求めているのが、まさに創造的な解です。しかしそのためには念→忘というステップが必要で、個人がこのステップを踏むためには、対象に好奇心を持てなければなりません。

では、個人に好奇心を持たせるにはどうすればよいのでしょうか。 イギリスの教育者サー・ケン・ロビンソンは、「教育の『死の谷』から脱出するには」というスピーチの中で、『人の生が輝くための原則が3つある』と述べています。奇しくも、ここまで述べてきた2つの要素が入っています。(3) (4)

  • 【個別性】人間は、一人ひとり違う。(Individuality)
  • 【好奇心】人間は、好奇心によって学ぶ。(Curiosity)
  • 【創造性】人間は、生まれつき創造的である。(Creativity)

教育者が心すべき、人間の3原則*ListFreak

創造性は、人それぞれ(個別性)の好奇心を追求していった先に生まれるものである、と理解できます。もしそうならば、「(組織の都合に合わせて)個人に好奇心を持たせるには?」という問い自体が無効であることになります。逆に、個人が個別に抱く好奇心に、どうやって「組織の都合」を合わせていくかという視点が必要になります。

実際、人々の好奇心が重なるところを見いだすのは難しいので、もとから好奇心の重なりが大きい人たちで組織を作るほうが楽です。組織のスタートアップの時に、あるいは改革の直後に「誰をバスに乗せるか」については慎重であるべきといわれるゆえんでしょう。


(1) 森 政弘 『矛盾を活かす超発想』(講談社、1989年)

(2) ジェームス・W・ヤング 『アイデアのつくり方』(阪急コミュニケーションズ、1988年)

(3) “Ken Robinson: How to escape education’s death valley” – TED.com

(4) 本筋とは関係ないのですが、念忘解の作者である森氏は、死の谷ならぬ「不気味の谷現象」(Wikipedia) の発見者としても知られています。思わぬ「谷」つながりを、メモしておきたくなりました。