【見える化のお手本】
前回「知恵を測るケーススタディ」では、知恵というあいまいな概念を測る試みをご紹介しました。今回もその続きです。トーマス・ダベンポート教授(米バブソン大学)は、著書『真実を見抜く分析力』で、データも存在せず客観的に測るのも難しいと思われる情報をうまく変数化して、分析のためのモデルを作った事例をいくつか挙げています。その一つがED(勃起障害)でした。
EDは『自己申告による病気で、客観的な診断テストがないため、医師も正確に診断しにくい』。なるほどたしかに。そこで『R.C.ローゼンのチームは、勃起障害の治療による効果を検出できる、簡潔で信頼に足る、患者本人が行える計測手法を開発した』とのこと。
簡潔で、信頼に足る、しかも自己診断できる手法。EDでなくても気になります(よね)。『ローゼンたちは、勃起障害を診断するための重要な変数』として次の5つを選びました。
- 勃起できる自信
- 勃起の硬さ
- 勃起を維持できる頻度
- 勃起を維持できる能力
- 満足感
IIEF-5(国際的に採用されている勃起機能に関する5つの評価項目) – *ListFreak
ふむ。なんというか、プロセスと結果、客観的に見積もれそうな機能的な値とごく主観的な心情的な値、そんな要素がうまくミックスされているように思えます。この各項目を5段階のリッカート尺度で評価するための設問を作り、それぞれの回答を足し合わせると、5から25のスコアが出ます。それを「重症」から「障害なし」までの5段階に分けます。ご興味のある方は上記のリストのリンクをたどっていただくか、”IIEF-5″で検索していただければ。
著者はIIEF-5を『主観的なトピックに関するデータをどうやって集めたらいいかの良い事例』と称しています。経営分析でも「見える化」が大事といいますが、顧客の満足や従業員の働きがいなど、主観が強く反映される情報を定量分析に持ち込むうえで参考にできそうです。
【意思決定の良さを測る変数とは】
このアプローチを意思決定に活かすとどうなるでしょうか。ある程度データを集めないと分析にならないので、市場参入・撤退の可否といった大きな選択よりは、部下の評価や決裁など日常的に繰り返す意思決定を想定するのがふさわしいでしょう。私的なところでは買い物などもよいかもしれません。
決定の質を評価する変数を特定するのが一仕事ですが、たたき台として以前の「決めっ放しを防ぐために、3つの観点で振り返る」というコラムでご紹介した次のリストが使えます。
- 規範的な観点(決定に至ったプロセスが合理的に説明可能か)
- 客観的な観点(結果と照らし合わせて正しかったか)
- 主観的な観点(結果に満足しているか、後悔が少ないか)
決定を振り返る3つの観点 – *ListFreak
この規範をすこし具体化すると、次のような評価項目が考えられます。
- (プロセス)十分に選択肢を挙げたか?
- (プロセス)基準を持って選択肢を絞り込んだか?
- (結果)客観的にみて妥当な選択だったか?
- (結果)主観的に満足できる選択だったか?
マネジャーとしていつも迷う選択、しかもあまり上手にできていないという自覚がある選択について、こういった基準で5段階評価を行い、データを積み上げてみると、決定の質を改善するヒントがつかめるかもしれません。練習として、○万円以上の買い物についてやってみるのも面白いと思います。
短期間ながら試してみて実感できたのは、測定しようという決意自身が決定の質を高める因子になり得るという点です。決定の後、結果だけでなくプロセス面から評価をするとわかっているわけですから、当然プロセスを意識します。これが良い決定プロセスだと定義したプロセスを踏めば、それは自ずと結果に反映されます(されなければプロセスを見直すべきです)。測定者が結果に介入できてしまうのは、測定という観点からは好ましくないことですが、目的は測ることではなく意思決定の質を高めることですから、これは好ましい作用といえるでしょう。