投稿者: Koji Horiuchi

  • 109 安らぎと活力を与えるスプーン

    ドトールコーヒーの創業者、鳥羽博道氏の『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』という本に、印象的な箇所がありました(1)

    『ドトールコーヒーの発展成長は「一杯のおいしいコーヒーを通じて人びとに安らぎと活力を提供する」という喫茶業の使命をいかに高いレベルで実現できるかという点にかかっている』と考える著者は、コーヒーはもちろん、店の構成要素すべてを「安らぎと活力」という観点でチェックします。

    スプーン、カップなどの什器・備品についても、安らぎと活力を与えるものはどういうものかという観点から選んでいる。たとえば、スプーンについては、これは男性好みになっていないか、若者好みになってないか、といろいろ考えて、三回ほどつくり替えたりもした。

    安らぎと活力を与えるスプーンとは、どんな形なのか。興味が湧きますね。実はこの本をドトールコーヒーで読んでいたのですが、上記の箇所まで読み進めたときには店を出てしまったためにスプーンの形を思い出せず、悔しい思いをしています。少なくとも、思い出せない程度に自己主張のない、コーヒー体験を邪魔しないようなスプーンであることはたしかでしょう。

    「一杯のおいしいコーヒーを通じて人びとに安らぎと活力を提供する」。この言葉を反芻していて、よい企業理念の要素をいくつか抽出できるように思えましたので、メモしておきます。

    1. イメージしやすい

    「安らぎと活力を提供する」。「安らぎ」も「活力」も、読み手が抱くイメージにそれほどブレがない一方で、時や場所によっての違いを盛り込めそうな、ほどよい抽象度の言葉です。これがたとえば「ドトールならではのサービスを提供する」や「新しい価値を創造する」だと、解釈の幅が広すぎて、結果的に「なんでもあり」になってしまいそうです。

    2. せめぎ合う複数の要素が入っている

    「安らぎと活力」はイメージしやすい一方、両立が難しい要素です。しかし、もし「安らぎ」だけを掲げてそれを追求していくと、安らぎが多ければ多いほどよいことになり、ゆるんだ店になりそうです。逆に「活力」だけでは、ギラギラした店になりそうです。両立しづらいものの両立をめざすことで、企業の方向が極端にぶれてしまうのを避けられるのではないでしょうか。また両立しづらいものの両立をめざす言葉は、永遠の課題を追いかけようという意味であり、企業が存続するかぎり掲げられるべき理念にふさわしい寿命を授かっています。両立させようという苦労の中から独自の価値が生まれてくるようにも思えます(2)

    3. 目的と手段の両方が入っている

    安らぎと活力を提供しさえすればよいのであれば、アミューズメント施設でもよいことになります。目的だけが重要であれば、ドトールコーヒーは社名をドトールとしたうえで、企業理念を「人びとに安らぎと活力を提供する」としてもよいはずです。しかし目的は、具体的な手段とセットになって初めてイメージとなってわれわれの脳裏に浮かび、人を引きつけるものです。「安らぎと活力の提供」という目的を「一杯のおいしいコーヒー」でなしとげようというところに、人を一つにまとめる何かがあるように思います。

    4. 自分・自社の成功よりも大きなものをめざしている

    著者は「一杯のおいしいコーヒーを通じて人びとに安らぎと活力を提供する」ことをドトールコーヒーだけの使命とは考えていないようです。冒頭の引用文から読み取れるのは、それは「喫茶業」の使命であり、それも最も高いレベルで提供するのが我がドトールコーヒーだ、という意気込みです。

    安らぎと活力を提供する対象が「お客さま」ではなく「人びと」なのも、よい言葉の選択だと思いました。収益事業だけでなく企業活動のすべてに理念を関わらせやすくなるからです。店頭にコーヒーの香りを漂わせることですら、「集客を仕掛けている」のでなく「街ゆく人びとに安らぎと活力を提供している」のだと考えれば、意義深く仕事に取り組めるでしょう(現在のホームページでは「人びと」が「お客さま」になっているので、ここは深読みしすぎているかもしれません)。


    (1) 鳥羽 博道『ドトールコーヒー「勝つか死ぬか」の創業記』(日本経済新聞出版社、2008年) 

    (2) 『ビジョナリー・カンパニー』では「ANDの才能」として称揚されています。

  • 108 次の一手と、その次の一手

    ●ドミノ倒しを理解するには3つの牌が必要

    『いかにして問題をとくか・実践活用編』という本に、面白い話が載っていました(1)

    ドミノ倒しを、それを知らない人にどう教えるか。著者は図の(ア)ではなく(イ)の状況で説明することが決定的に重要と言います。

    (ア)
    A B
    |→|
    
    (イ)
    C D E
    |→|→| 

    なぜ(イ)でなければならないのか。著者の分かりやすい説明を引用します。

    (ア)では、倒すAと倒されるBの関係だけである。しかし(イ)では、倒すCと倒されるEはそれぞれA、Bと同じであるが、Dは違う。DはCによって倒されると同時にEを倒しているので、「倒されると同時に倒す」働きをする牌である。そのような牌の存在を強調して説明することが、ドミノ倒し現象を教える核心である。したがって、3個の牌がある(イ)の状況で教えることが大切なのである。

    ●シニアリーダーへの難所は「ドミノ倒し」ができるか

    ドミノ倒し現象を理解するには、2つではなく3つの牌が必要。しかし3つの場合について理解できれば、それより大きな数の場合についても理解できる。この話を面白いと感じたのは、リーダーの仕事の難しさを象徴しているように思えたからです。

    ここにあるプロジェクトがあるとします。往々にして、1つのプロジェクトの中には複数のチームがあります。とすると組織的には、まずメンバーがいて、メンバーを束ねるチームリーダーがいて、チームリーダーを束ねるプロジェクトリーダーがいる、という構図になります。

    プロジェクトリーダー → チームリーダー → メンバー

    プロジェクトリーダーの仕事にあってチームリーダーの仕事にはない、プロジェクトリーダー固有の難しさは何か。それは、プロジェクトリーダーは「チームリーダーを通じて」メンバーをリードするところです。先の図でいえば、チームリーダーはAの牌、プロジェクトリーダーはCの牌です。

    プロジェクトのめざすビジョン、大事にしたい価値観、スケジュールを考えたときの危機感。そういった感覚を、人を介して共有する。この難しさは上級管理職独特のものです。目の前の相手から共感を得るのが得意な人でも、それを伝播する術に長けているとは言えません。

    実際、このような組織構造を作って疑似プロジェクトを推進する、大がかりな研修のファシリテーターを務めたことがあります。歩き回ってメンバーに直接話しかけていったプロジェクトリーダーは、チームリーダーから「頭越しはやめてくれ」と苦情を言われました。すべてをチームリーダー越しにやろうとしたプロジェクトリーダーは、メンバーから「トップの考えが見えない」「御簾の向こうにいるようだ」と批判されました。

    しかし、一度この苦しい経験を乗り越えると、プロジェクトリーダーの視界は開けます。「牌が3つの場合」を理解したので、これから牌(=コミュニケーション階層)の数が増えていっても対応できそうだという自信が持てるということです。

    ●次の次を考えてから、次を決める

    ドミノ倒しの話が出てくるのは「帰納的な発想を用いる」という章です。帰納とは『観察や特殊な事例の組み合わせから一般的な法則を発見する手続き(章扉より)』のこと。ドミノ倒しの事例は、2枚の牌だけをにらんでいても法則は発見できないこと、かといって4枚以上は不要であることを、教えてくれます。リーダー研修の事例からは、チームリーダーとしての経験だけからプロジェクトリーダーに必要な能力を類推するのは困難であること、かといって束ねる組織が一段上がるごとにトレーニングが必要なわけではないことを、学びました。

    自分と目の前にあるものだけでなく、その先にあるものを見て法則を理解するという帰納的な発想は、わたしに『「次の次」を考える』という転職のルールを思い出させました(2)。転職にあたっては、「次の次」に就いていたい職を考え、それに向けたステップとして「次」を考えようということです。考えてみればこのルールも、たった2ステップではあっても、「次」だけを探していたのでは見えないキャリアの大きな方向性を自分に考えさせてくれる、帰納的な発想と言えるでしょう。

    これらの学びをさらに一般的な意思決定に敷衍すると、「次の一手を打つときは、その次の一手で到達したい地点を考え、そこに向けた最善の打ち手であるかをチェックせよ」というルールが導けそうです。


    (1) 芳沢 光雄『いかにして問題をとくか・実践活用編』(丸善出版、2012年)

    (2) 堀内 浩二「シンプルな転職のルール

  • 107 裁判長の失言

     ●裁判長の失言

    最近は「一瞬のうちに次の行動を決める」タイプの意思決定を追いかけています。このニュースにも興味をひかれました。

    【ソウル共同】韓国のソウル東部地裁の裁判長が公判中、質問に明確に答えない証人の女性(66)にいら立ち「老いたら死ななければ」とつぶやいた(略)。女性は22日の公判に詐欺事件の被害者として出廷。検察側と被告弁護側の尋問で説明を変えるなどしたため、裁判長が自ら質問を始めたが、答えに腹を立て独り言を口にした。しかし声が大きかった上にマイクのスイッチが入っており、法廷じゅうに聞こえたという。(2012/10/26 05:31 【共同通信】)

    ―― 韓国で裁判長「老いたら死ね」 法廷で暴言 – 47NEWS

    憶測は控えますが、証人の態度がよほど腹に据えかねたのでしょうね。自分もそういう状況に遭遇したら、同じ失敗をするかもしれません。そこで、裁判長の失敗から何が学べるかを考えてみたくなりました。

    この裁判長の「独り言」をよく反芻してみると、けっこうひねりの効いた悪口であることに気がつきます。

    そもそも裁判長が腹を立てたのは、「証人が質問に明確に答えない」ことでした。したがって怒りを素直に発露するならば

    A 「質問に答えなさい!」

    といった言葉になりそうです。しかし実際に放った言葉は、証人の属性(高齢であること)にひもづけた悪口です。それでも

    B 「質問に答えなさい、この○○老人!」

    といったシンプルな悪口であれば、激情があふれて考える間もなく言葉にしてしまったのかなと思えます。それに対して

    C 「老いたら死ななければ」

    は、皮肉癖のある人がTVを見ながらつぶやく言葉やネット掲示板で見かける嘲笑的なコメントに近いものを感じます。解説者モードというか、ちょっと気の利いた皮肉を投げつけてやろうと考えてひねり出した言葉のように感じるということです。

    ●一拍置けばいいというものでもない

    わたしも何を隠そう皮肉屋なので、口にすべきでない言葉が浮かんでしまうのは理解できます。しかし皮肉を言うにもすこしは考える時間が必要です。裁判長が激情タイプだったら逆に傷は小さかったかな、いやそれではそもそも裁判官になれなかっただろう……と考えて、ハッとしました。情動のハイジャック(1)を防ぐために「一拍置く」練習をしているわけですが、その一拍が無意識のうちに皮肉を考える時間に使われてしまっては逆効果、まさに皮肉としか言いようがありません。

    ではどうすればいいのか。よけいな妄想がふくらむ前に、自分の感情を素直に(ただし妥当な言葉づかいで)表明するのが、良いように思えます。上述の発言AからCまでを比べれば、妄想の少ないAがもっとも問題も少なくなっています。ただしAも命令であるがゆえの問題をはらんでいます。記事からは証人が意図的に質問をはぐらかしている印象を受けますが、もしそうでなく、たとえば単に混乱していたとしたら、相手はより萎縮したり、裁判長の意向に沿うような発言をしたくなるかもしれません。

    他者にこうしろと言う代わりに自分の気持ちを言う、いわゆるIメッセージとして述べればどうでしょうか。たとえば

    「わたしは、質問に対するあなたの答えが明確でないことにいらだっています」

    と言う、ということです。とりあえず自分の感情は吐露できるので気を落ち着けられそうですし、その言葉に対する相手の反応を見て次の言葉を選ぶ余裕ができます。自分の感情を率直に吐露するのは勇気が要りますが、感情は抑え込めるものではないこと、そして抑えきれない感情は余計な思考と結びついて妄想に発展するリスクがあることを、裁判長の失言は教えてくれます。

    ここまで考えてきて、以前にメモしたリストを思い出しました。

    • 【事実】 相手も認められる客観的な事柄
    • 【影響】 その事実がおよぼす影響
    • 【気持ち】その影響が引き起こす話し手の気持ち

    伝わる話し方の3ステップ(事実・影響・気持ち)*ListFreak

    あらためて吟味してみると、よく練られた3ステップですね。裁判長の言葉をこのステップで言い換えてみると、こんな感じでしょうか。

    「質問に対して明確な答えをもらえないと【事実】、たしかな判断ができず【影響】、いらだちを感じます【気持ち】」

    言葉にすると柔弱な印象も受けますが、裁判長がいらだちを表明すること自体、強いメッセージだとも思えます。裁判の現場で通用するかどうかは分かりませんが、仕事や生活で直面する多くの状況においては、この3ヵ条で一拍置ければ妄想がふくらむことによる失言を減らせそうです。


    (1) 情動のハイジャックについては『039 6秒間で思慮深さを取り戻す』『「一瞬」で組織を変える話(3)』を参照のこと。

  • 106 おだやかな言葉、やさしい眼差し、おおらかな笑顔

    ●おだやかな言葉、やさしい眼差し、おおらかな笑顔

    仕事でお世話になっているAさんが今の勤務先を離れるらしいというニュースを聞いた数日後、Aさんの同僚の方から送辞をリクエストされました。大勢から短い送辞を集めてスライドショーに仕立て、送別会で流したいとのこと。

    Aさんは、直属の上司から「天使」と呼ばれるほどのお人柄です。天使の笑顔に助けていただいた思い出を書いていてはきりがないので、笑顔にちなんだ引用句を探して訳し、送辞に代えることにしました。

    おだやかな言葉、やさしい眼差し、おおらかな笑顔。
    それらがあれば、奇跡だって起こせる。
    William Hazlitt

    おだやかな言葉とやさしい眼差しとおおらかな笑顔を備えた人は、いわば肯定的な関心とでもいうべき雰囲気を発しています。肯定的な関心こそ誰もが欲しがるものであり、それを与えられる人が天使と呼ばれるのでしょう。

    ●天使になる(肯定的な関心を向け、人間関係によい影響をもたらす)

    もちろん、いつもいつも天使でいるわけにもいかないでしょう。しかしせっかく天使になれる機会があるのにそうしない人も、意外に多いように思います。たとえば……

    ある企業で終日講師を務めたときのこと。場の雰囲気はよかったのですが、学びの時間を楽しんでくれているのかどうか、表情やしぐさからはなかなか読み取れません。休憩のたびに携帯電話にかじりつく人や机に突っ伏してしまう人を見ると、焦りがつのります。途中で何回か理解度や感想をたずねても、返ってくるのはあたりさわりのない返事ばかりです。講義が終わり、会場を後にするときも、目を合わせずに去っていく人が少なくありません。

    不安な気持ちでアンケートを見てみると、しかし、空前の高評価(当社比)だったのです。携帯電話にかじりついていた人は仕事が忙しくて講義に集中できなかったのを残念だと語り、休憩時間中に寝ていた人からは事情の説明と謝罪の言葉がありました。目を合わせずに去った人の一人は、これまで受けたなかで最高の研修だとまで書いてくれていました。

    振り返ると、いかに自分が肯定的な関心に飢えていたかを痛感しました。そのくせ、おそらく場に満ちていたであろう肯定的な関心のサインを見逃しつづけ、少数の無関心のサインを素早く、しかも誤解して、受け取っていたのです。

    すこし言い訳をするなら、一般に人の注意は、肯定的な関心よりも否定的な関心のサインに敏感なものだと思います。十の頭が頷いてくれても、一つの口があくびをすれば、注意はそちらに奪われてしまいます。

    さらに自分の感情能力の低さを棚に上げて言うのは気が引けますが、あの場では参加者の誰もが天使になれました。つまり、感じていた肯定的な関心を、ただ講師に分かるように示すだけでよかったのです。そのサインは講師をさらに勇気づけ、より場の学びに没頭させたのではないかと思います。それは奇跡の講義とまではいかないまでも、よりよい講義にはなったでしょう。

    ●天使成分が多めで、ちょうどいい

    リーダー研修では、ほめた経験とほめられた経験を思い出してもらうワークをすることがあります。すると常に、ほめた経験の方が、ほめられた経験よりも多く挙がります。上司はあまりほめてくれないが、あるいはだからこそ、自分は部下をほめるよう心がけていると言います。しかし部下はどうか。同じワークをしてもらうと、やはりほめる>ほめられるなのです。上司も実は、ほめる>ほめられると思っています。

    たしかに、職位が上がるほど面と向かってほめるようなシーンは減るように思います。しかし観察した限りでは、職位の違い以上に、「人はほめられることに飢えている」という人間の性質で説明がつくように感じています。おたがいに10ほめ合っても、「自分は10ほめたのに5しかほめてもらえなかった」と感じるのが、一般的な性向ではないでしょうか(それを裏付ける調査・研究がないか、探しておきたいと思います)。

    であるならば、マネジャーとしては、天使になる(肯定的な関心を向ける)機会を多めに選ぶくらいがちょうどいい、ということになります。

    Aさんは東京を離れて地元に戻るそうです。送辞には、引用句に「Aさんの次の奇跡を応援しています!」と加えました。

  • 105 アンドルー・テスト

     アンドルーがダグおじさんの家を訪ねてきている。ダグが電話に出ていると、アンドルーがダグのズボンをひっぱってこう言う。
    「ねえダグおじさん、ぼく外に出たい」
    「いまはだめだよ、アンドルー、おじさんは電話中だから」
    「でもダグおじさん、ぼく外に出たい!」
    「いまはだめなんだよ、アンドルー!」
    「だって外に出たいんだ!」
    おなじやりとりが何度かくりかえされたあと、ダグは別の方法を試してみる。

    「               」

    「うん」
    アンドルーは言う。そしてそれ以上何も言わずに離れていくと、ひとりで遊びはじめる。

    『言いにくいことをうまく伝える会話術』より。一部編集しています

    いったい、ダグは何と言ったのでしょうか。

    この部分を読んで、部下の扱いに手を焼いていると語ったマネジャーを思い出しました。ある部下が相談に来てくれるのはよいが、話がとても長いそうなのです。彼はダグと違って無下に断わるようなことはせず、時間をとって相談に乗ってあげます。しかししばらくすると、部下はまた同じような相談を抱えてやってくるのです。部下の環境整備がマネジャーの仕事と思ってできるだけのことはしてきたが、もううんざりしている、ということでした。

    その方の特徴的な話しぶりから、何が起きているかが想像できるような気がしました。彼の話の焦点は部下の抱える問題にあり、部下そのものにはないのです。分析めいた表現になってしまいますが、問題解決志向が高い反面、共感性が低いのです。

    部下は「成果こそ上がらなかったが、成果に向けて自分が努力を重ねたことを理解してほしい」と思って話をしに来ているのに、上司は「君が成果をあげられなかった原因はこれで、解決するためにはこうすればいい」と打ち返してしまっている様子がうかがえました。その場に立ち会ったわけではないので、わたしの想像にすぎませんが……。

    もちろん部下の問題解決を支援することはマネジャーの職務です。ただ、部下にとって必要なのは、解決策ばかりではありません。むしろ解決策よりも必要なものがあり、それなくして解決策が与えられたのでは、部下は意欲を失いかねません。

    「なあ、アンドルー、ほんとうに外に出たいんだね」

    ダグはそう言いました。アンドルーはその言葉を聞いて、ダグおじさんの電話が終わるまでひとりで遊ぶことにしました。つまり、自分で解決策を見いだしたのです。

    もしダグがこの一言なしに解決策を与えたらどうなるか。セリフを入れ替えて再生してみましょう。

    「だって外に出たいんだ!」

    「電話が終わるまでひとりで遊んでいなさい!!」

    「うん」
    アンドルーは言う。そしてそれ以上何も言わずに離れていくと、ひとりで遊びはじめる。

    アンドルーの行動は、表面的には同じでも、「何も言わずに離れていく」ときの気持ちは、だいぶ違っているでしょう。くだんの部下もダグの一言を、つまり受容と共感の一言を、求めていたのではないでしょうか。それが与えられないので、何度もマネジャーのもとを訪れていたのではないでしょうか。

  • 104 ハッピーでいるべきこれだけの証拠

    『幸福優位 7つの法則』という本を読みました。ネットの記事にTEDでの講演へのリンクがあり、面白かったので講演者の著作を検索し、手に入れる……という流れが多くなっているような気がします。これからのもの書きは喋りも上手な方がよさそうですね。

    それはさておき、本書はポジティブ心理学および周辺の心理学の知見を集めて、一つのメッセージに集約しています。それがタイトルにもある「幸福優位」(原書のタイトルは “The Happiness Advantage”)。努力して → 成功すれば → 幸福になれる、という図式は正しくなく、社会心理学的な実験や追跡調査は、幸福感を保てる人が結果として成功していることを示しているそうです。

    このメッセージを先頭に、著者は次のように7つの法則をまとめています。

    『膨大な量の調査を終了して分析を終えたとき、具体的で、行動に移すことができ、効果が実証済みの、成功と達成に関わる七つのパターンを特定することができた。』

    1. ハピネス・アドバンテージ ― 幸福感は人間の脳と組織に競争優位をもたらす
    2. 心のレバレッジ化 ― マインドセットを変えて仕事の成果を上げる
    3. テトリス効果 ― 可能性を最大化するために脳を鍛える
    4. 再起力 ― 下降への勢いを利用して上昇に転じる
    5. ゾロ・サークル ― 小さなゴールに的を絞って少しずつ達成範囲を広げる
    6. 二〇秒ルール ― 変化へのバリアを最小化して悪い習慣をよい習慣に変える
    7. ソーシャルへの投資 ― 周囲からの支えを唯一最高の資産とする

    幸福優位7つの法則*ListFreak

    ……本全体としては分かりやすい本でしたが、著者のキーワードは、わたしにはひねりが利きすぎてしまったかもしれません。一読して、しばらくしてリストを眺め直して「あれ、テトリス効果って何だっけ……」となってしまいました。

    そこで読書メモを作るつもりで、この7法則が実際に言っていることの要約を試みましたので、お目にかけます。

    1. 成功した人が幸福になるのではなく、幸福感を持つことが人を成功へと導く。
    2. 成功は自己達成的な予言である。つまりマインドセットが成果を左右する。
    3. ものごとのポジティブな面を探すことは、習慣化できるスキルである。
    4. 人には逆境からの回復力、ひいてはチャンスへの転換力が備わっている。
    5. 目標を達成するには、コントロール可能で小さな行動から始める。
    6. 習慣をつける(なくす)には、意志に頼らず、その行動をしやすく(しにくく)する。
    7. よい人間関係は、個人の幸福感と組織の成功を左右する最大の因子である。

    幸福優位7つの法則(koji版)*ListFreak

    それぞれの項目について、代表的な研究者やその著作の紹介もありました。個人的な興味でつまみ食いしてきた情報がうまくまとまっているように感じられましたので、各項目の内容を簡単に紹介してみます。

    1. 成功した人が幸福になるのではなく、幸福感を持つことが人を成功へと導く。
      これが本書のメインメッセージ。根拠として挙げられているのは、ポジティブ感情の役割を理論化した「拡張−形成」理論です。ざっくりいえば、ポジティブ感情の役割は人間の視野を広げ、成長への資源を充実させるという説。提唱者であるバーバラ・フレドリクソンの著書も『ポジティブな人だけがうまくいく3:1の法則』という題で和訳されています。
    2. 成功は自己達成的な予言である。つまりマインドセットが成果を左右する。
      マインドセット(気の持ちよう)で、人は能力を伸ばし、よく発揮することができるどころか、若返ることだってあるという実験や調査が紹介されています。キャロル・ドゥエックの研究については、やはり和訳『「やればできる!」の研究―能力を開花させるマインドセットの力』で読むことができます。
    3. ものごとのポジティブな面を探すことは、習慣化できるスキルである。
      この章で紹介されている”The Invisible Gorilla“というビデオは、われわれの選択的注意力の強さを実感できる必見映像です。また注意の差が何をもたらし得るかについてのリチャード・ワイズマンのユニークな研究は、2004年にはすでに訳出されていました。昨年(2011年)には『運のいい人の法則』として文庫化されました。 
    4.  人には逆境からの回復力、ひいてはチャンスへの転換力が備わっている。
      レジリエンスについての研究をまとめた章です。ザ・入門書的な参考文献は拾えませんでしたが、著者の恩師でもあるタル・ベンシャハーの『最善主義が道を拓く』が紹介されていました。 
    5. 目標を達成するには、コントロール可能で小さな行動から始める。
      自己コントロール感を持つことの重要性について述べた章です。自己コントロールを失った脳は、ダニエル・ゴールマンが言うところの「情動のハイジャック」状態に陥ってしまいます。自己コントロール感を取り戻すにはどうしたらよいか。著者は、まず自分の気持ちを言葉にするなどしてつかまえる、いわゆる自己認識から始めることが重要と述べています。
    6. 習慣をつける(なくす)には、意志に頼らず、その行動をしやすく(しにくく)する。
      本書では、様々な事例や研究が紹介されています。本書の参考文献ではありませんが、『パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学』の内容がかなり当てはまるように思えました。 
    7. よい人間関係は、個人の幸福感と組織の成功を左右する最大の因子である。
      個人の幸福でいえば、268人の男子大学生を60年間以上も追跡した調査の結果が「周囲の人との関係が何にも増して重要」だったそうです。組織の成功についても、さまざまな事例と『人と人の「つながり」に投資する企業―ソーシャル・キャピタルが信頼を育む』といった参考文献が挙げられています。 

  • 103 何を言えばいいのか分からないときに何を言えばいいのか

    ●場を収めた大族長の一言

     イロコイ使節団の訴えによって、1982年には国連経済社会理事会・人権委員会の下に「先住民に関する作業部会」が新設され、人類史上はじめて国際社会全体の取り組みで世界各地の先住民族の現状調査を行なうことになる。

     作業部会の初顔合わせでのこと、ある先住民代表が白人による圧迫と伝統の掠奪を激しく告発して、会合の場に緊張が走った。せっかく平和的な作業がはじまろうという矢先に、あいも変わらぬ衝突でつまずいてはしかたない。そのとき、当時のタドダホ(イロコイ大族長)レオン・シェナンドアが立ち上がり、凍りつくような沈黙を破った。

    「                    」

     このひと言で、議論が本来のレールにもどったという。ピースメーカーゆずりの絶妙な弁舌だ。

    『小さな国の大いなる知恵』より。一部編集・補足のうえ引用

    シェナンドアはなんと言ったか。すこし後で彼の言葉を引用しますので、よかったら考えてみてください。 スティーブン・コヴィーは『第3の案』の中で、イロコイ族というアメリカの先住民族に伝わる優れた合意形成のやり方を紹介しています。その話にひかれて『小さな国の大いなる知恵』という本を読みました。内容の紹介に代えて、表紙折り返しの文章を引用します。

    アメリカ合衆国の中にFBIさえ踏み込めないネイティヴ・アメリカンの独立国がある。

    いまも憲法で治外法権を認められた、アメリカの自由と民主主義の故郷――それがイロコイ連邦だ。

    イロコイ人はアメリカ独立のさい、“建国の父祖”といわれる人々に計り知れない影響を与えた。

    一万年の旅路』のポーラ・アンダーウッドの家系に伝えられてきた、イロコイ族長スケナンドアとベンジャミン・フランクリンの友情を中心とする口承の物語、星川淳のイロコイ訪問記、その他さまざまな裏づけ資料から、アメリカ建国史の秘められたもう半分が見えてくる。

    冒頭に引用したのは、この本の終盤に収められたエピソードです。最終行の「ピースメーカー」というのは、たがいにいがみ合っていた氏族をまとめてイロコイ連邦を発足させた立役者のこと。すべてが口承なのでピースメーカーが現れた時期は定かではないのですが、『そのとき星空に現れたと伝えられる新星などから割り出して、十一世紀とする見方が強い』そうです。

    シェナンドアの言葉に戻りましょう。彼はこう言ったそうです。

    「力強い戦士の声をありがとう。では次に、女性や子どもたちの声を代表して語りたい方は?」

    いくら思慮深くあろうと思っていても、シェナンドアが直面したような「場に緊張が走った」状況に陥ると、なかなかうまくはいきませんよね。とはいえ、われわれの仕事や生活は、大部分がこういった一瞬のやりとりの積み重ねです。シェナンドアのようにスムーズにはいかないまでも、こういった場でなんとか思考を先に進める方法を形にしておき、取り出せるようにしたいと思っています。

    ちなみにコヴィーが紹介したイロコイ族の合意形成の特長は、徹底的にお互いの話を聞くところにあります。研修や会議でトーキング・スティックという小道具を使ったことはないでしょうか。そのスティックを持った人間だけが話してよいというシンプルなルールを場に課すツールですが、それもイロコイ族の伝統から借りた知恵だそうです。大族長たるシェナンドアは、すべての参加者からの話を聞くという伝統の体現者ですから、このような発言が自然に出てきたのかもしれません。

    ●何を言えばいいのか分からないときに何を言えばいいのか

    わたしは先にシェナンドアの言葉を読んでしまったのでゼロから考えることはできませんでしたが、大いに刺激を受けました。これほど緊迫した状況でなくても、場に空白が生まれて「何を言えばいいのか……」と、こちらの頭まで真っ白になってしまう瞬間、ありますよね。わたしの仕事でいえば、講師役を務めていて、参加者が思いもかけない視点からコメントをくれたときがそうです。

    実際、日常的にそういう必要に迫られてもいるので、自分用のコツをリストにしてみました。会話の中で使うリストは3ヵ条以下に限るというルール?に則り、3ヵ条で。

    • 情動を鎮める …… これがなければ、次はない
    • 目的から考えおろす …… 考える視点を教えてくれる
    • 建設する …… すべての発言は建材である

    このコラムでは、情動の話はここ数年さんざん書いてきましたし、「目的から考えおろす」系の話はになりました。どちらも研究テーマなのですぐに浮かんできました。わたしが実務で頼りにしている大事なコツです。

    すわりのいいように3つめを、と考えて浮かんできたのが「傾聴する」ですが、何か違う……。次に「建設する」という言葉が出てきて、われながら「そうそう!」と感じ入ってしまいました。

    わたしも人並みに傾聴を心がけています。よく聞かなければよいコメントは返せませんし、よくよく聞き届ければコメント自体不要になることも多いと思います。 しかし講師やファシリテータを務めているときには、相手が完全に話し終わってから自分の言うことを考えていたのでは、数十人からなる場を維持できなくなってしまいます。

    たとえばAさんの発言を受けて「……なるほど。それはBさんの意見のうち、○○という論点に対しての反論ですね」といった感じで参加者の意見の構造化を図るとき、「……」の部分に5秒も10秒もかけていては、参加者の思考のテンポも上がってきません。話をよく聞くように心がけてはいるものの、残念ながら傾聴という感じではありません。

    では話を聞きながら何を考えているのか。2つめのコツとしてあげた「目的」は、たしかに念頭に置くように努力しています。聞き手に「考える視点を教えてくれ」ます。ただともすると、目的から外れた(と聞き手が解釈した)話を切り捨ててしまいたくなる誘惑に駆られてしまいます。切られてしまった話し手は参加意欲を削がれます。

    つい最近、そんな経験をしました。先日、ある会合に呼ばれて、あるサービスについての意見を聞かれました。わたしも意見を申し上げ、司会の人はうなずき、わたしの言葉をホワイトボードの右端にメモしました。 がっかりしました。というのも、その人にとって右端は、目的から外れた話を書きとめておく(だけの)コーナーであることを、たまたま知っていたからです。わたしなりには意味のある意見だったので、できれば「その話はテーマにどうつながるのか」などと尋ねてほしかったところですが、あざやかに「右端行き」へとさばかれたのをみて「ま、いいか」という気持ちになってしまいました。

    実のところ、それはわたしも日常的にやってしまっていることです。自覚があるだけに、できれば最小限にしたいとは思っています。そういう悪戦苦闘の中で、ある種のコツとして言語化されつつあったのが「建設する」です。「織り上げる」「紡ぐ」「AND」などでもいいのですが、個人的には「建設する」が響きます。

    これはつまり、一つの意見を一つの建築材料としてみなそうという発想です。今耳に流れ込んでくる話を、目的のためにどう役立てられるかという気持ちで聞くということです。太い柱になりそうな意見もあれば、窓の飾りとして好適な意見もある。ハンマーが持ち込まれることもありますが、それは建築物の強度を試すテストの道具になるかもしれません。あるいは何かに転用できるかもしれません。

    家造りをイメージしてファシリテーションをしているわけではまるでないのですが、敢えていえばそんなモードで意見を拾おうとしているという意味です。そしてうまくそういうモードに入れていると、何を言えばいいのか分からないときに言うべきことがスムーズに浮かんでくるように思います。大族長にはほど遠いにしても。

  • 102 誰もが「私は有能か?善良か?愛されているか?」と自問している

    Googleの「心内検索」トレーニング』というコラムで紹介したチャディー・メン・タン氏の著作が『サーチ!』という題で和訳されていました。(1) 件の講演を聞いた時にはとても興奮し、追いかけようと思っていましたので、待望の出版!と言いたいところなのですが、実際には原書の出版にも、訳書の出版にも気づかず、Amazonもおススメしてくれず(あるいはおススメを見過ごし)、SNSでも誰かがメンションしていたかもしれませんが気づかず、ひまつぶしに立ち寄った本屋でいきなり訳書を見つけて驚いたという次第。

    さっそく読破しました。読みながら、ここ数年の個人的な研究テーマが間違っていなかったかも、という嬉しさや、僭越ながら何十歩も先を越されたような悔しさや、いろいろな気持ちを味わいながら読みました。

    『サーチ!』はマインドフルネスを取り入れた企業研修の事例紹介なのですが、今回はその本題というよりは、やや周辺の話題です。

    ●会話の中の3つのやりとり

    タンは「やっかいな会話」という節で、どんな会話にも3つのやりとりがあるという説を紹介しています。すなわち内容、気持ち、アイデンティティのやりとりです。(2)

    まず、内容のやりとりがあります。これは当たり前ですね。気持ちのやりとりも、たしかにあります。注目すべきは3つめの、アイデンティティに関するやりとりです。(1)

    アイデンティティに関する会話には、次に挙げる三つの疑問のうちのどれかひとつが、かならずと言っていいほどかかわっている。

    1. 私は有能か?
    2. 私は善良な人間か?
    3. 私は愛される価値があるか?

    つまり、誰しも会話をしながら、その奥底で「私は有能か?善良か?愛されているか?」と問い続けている、というのです。

    いちいちそんなことを確かめながら会話しているとは思いたくありませんが、よくよく内省してみると、認めざるを得ないのではないでしょうか。

    自分の「有能さ」がおびやかされるのは、たとえばバカにされるのではないかという不安を感じる状況でしょう。「善良さ」がおびやかされるのは、たとえば自分の誠意が疑われてしまう状況。そして「愛される価値」がおびやかされるのは、たとえば敬遠されているかもしれないと感じる状況です。そんなときには、ネガティブな情動が頻発する(あるいは感度が上がる)ように思います。

    ●感情の奥にあるもの

    以前、人の話には、観察可能な順に内容(何を)、感情(どうやって)、意図・欲求(なぜ)という階層構造があるという「コミュニケーションの玉ねぎモデル」を紹介しました。感情の奥に感情を生ぜしめる何かがあるというモデルは、さまざまな分野で繰り返し表れます。ある分野ではそれをスキーマといい、ある分野では信念あるいは思考といいます。その他、思い出せる例を2つ挙げてみます。

    日本では「ハーバード流交渉術」(原著は”GETTING TO YES”)という名で知られる書籍の続編は、交渉の技術的な側面でなく感情的な側面に焦点を当てています。彼らの主張の核心は、感情でなく感情を生じさせている5つの欲求を考えろというもの。

    • 価値理解(Appreciation) ― 自分の考え方、思い、行動によい点があると認められること
    • つながり(Affiliation) ― 仲間として扱われること
    • 自律性(Autonomy) ― 相手が自分の意思決定の自由を尊重してくれること
    • ステータス(Status) ― 自分の置かれた位置が、それにふさわしいものとして認められること
    • 役割(Role) ― 自分の役割とその活動内容が、満足できるものとして定義されていること

    交渉時に意識すべき5つの核心的欲求*ListFreak

    また人間関係の心理学である選択理論では、理論の核となる原理を十個にまとめています。その一つに欲求についての項目があります。

    私たちは、遺伝子に組み込まれた五つの欲求、すなわち、生存、愛と所属、力、自由、そして楽しみの欲求によって駆り立てられている。

    選択理論の十の原理 – *ListFreak)

    ●情動の源を断つよりも、起きた情動を鎮めることに注力する

    というわけで見慣れた構造だったにもかかわらず、冒頭の「会話の中の3つのやりとり」にハッとさせられたのは、アイデンティティという言葉のせいだと思います。欲求というと、字面のせいか、自ら欲して求めるものであり、我慢すれば抑えられるかのような印象を持ってしまいます。しかしアイデンティティは自らを構成している属性のようなもので、それが脅かされた場合には、反応を律するのが難しいように感じました。

    自分自身のことを振り返ると、たとえば講師役を務める前に確認するリストには「相手の知識や経験を尊重する」という項目があります。これは相手の「有能さ」というアイデンティティをおびやかさない工夫だと解釈してよいでしょう。以前に比べれば、これはできてきたという自覚があります。より難しいのは、自分の「有能さ」がおびやかされたとき。特有の情動でそれと感じられるわけですが、素早くそれを鎮められるかというと、まだまだ難しいケースも多いです。

    この情動を自分の欲求がもたらすものとすると、欲求自体を抑制できるような気がしますが、アイデンティティがもたらすものと考えると、それを変えるよりは、立ち上がった情動を鎮めるほうに注力したほうがよさそうに思います。実際本書でも、著者が瞑想の達人にインタビューをした結果、鍛錬を積んだ人は情動そのものを感じなくなるというよりは、そのマネジメントに長けているのだという記述がありました。


    (1) わたしが読んだのは『サーチ! 富と幸福を高める自己探索メソッド』(宝島社、2012年)でしたが、その後英治出版から『 サーチ・インサイド・ユアセルフ ― 仕事と人生を飛躍させるグーグルのマインドフルネス実践法 』というタイトルで出版し直されているので、この記事ではそちらにリンクしています。

    (2) 「3つのやりとり」は、引用元では「三つの会話」と訳されています。またこの考え方は、ダグラス・ストーン他 『言いにくいことをうまく伝える会話術』(草思社、1999年)からの引用としています。

  • 101 ドアの誓い

    『第3の案』は、ベストセラー『7つの習慣』の著者スティーブン・コヴィー氏の著作です。二者択一的な思考を乗り越えて最善の案を求めるというテーマが拙著『クリエイティブ・チョイス』と同じだったので、興味深く学びました。

    ざっくり言えば、『クリエイティブ・チョイス』が個人の選択に注目しているのに対して、『第3の案』は対人関係に注目しています。なかでもさすがと唸らされたのが、徹底して原理原則に立ち戻る氏の姿勢です。氏は「こちら対あちら」的な対立に陥らずに第3の案を生み出すためのマインドセット(パラダイム)を、次のように定義しています。

    • 【パラダイム1:私は自分自身を見る】 主体的に行動できる唯一無二の個人として、自分自身を見る
    • 【パラダイム2:私はあなたを見る】 他者をモノではなく人として見る
    • 【パラダイム3:私はあなたの考えを求める】 他者を避けたり、他者に対して防御的な態度をとるのではなく、対立点を意識的に探す
    • 【パラダイム4:私はあなたとシナジーを起こす】 攻撃が応酬されるサイクルに取り込まれず、これまでだれも考えたことのない解決策を探し出す

    「第3の案」を見出すための原則、パラダイム、プロセス(一部省略) – *ListFreak

     マインドセットの話だけに、頭で理解できたとしても実践が難しいわけですが、本書は家庭・学校・職場・社会・国家といったさまざまなレベルで豊富な事例を用意して、読者のインスピレーションを促してくれます。

    「第3の案」を生み出すマインドセットを維持する工夫として、わたしが強く共感した事例を紹介します。第4章「家庭での第3の案」からの引用です。

    私のよく知っている女性は、仕事から帰ってくると家の前で少し立ち止まる。家に入る前に家族のことを考え、家族と築きたい世界を思い描く。そしてドアを開け、思い描いたことを現実にするのだという。

    共感した理由は、自社の問題解決セミナーでもまさにこういった練習をするからです。たとえば部下の提案を聞いてアドバイスをするはずが、気がつくと質問は詰問に、アドバイスは説教になってしまい、部下を意気消沈させてしまった……というマネジャーは少なくありません。そこで「会議室に入る前に、これだけはおさえようという目的、ここからはブレないようにしようという態度を決めるとすると、それは何か?」を考えてもらい、必要があればメモを作り、実践してもらいます。

    なぜこういった練習を考案したかといえば、自分自身で実践してみて有益さを実感しているからにほかなりません。講師としてクラスルームに入る前に、顧客企業に訪問する前に「気持ちをつくる」作業を意図的に行うようにしてから、内容面ではより目的にフォーカスでき、精神面ではより不安が小さくなったと感じています。ちなみに「気持ちをつくる」能力は感情的知能の一能力で、この練習はEQ理論の本にヒントを得て考案しました。

    引用文がわたしにとって印象的だったのは、ドアの前で立ち止まるこの女性がビジュアルに浮かんできたせいかもしれません。そう考えてみると、望ましいマインドセットを思い出すための小道具として「ドア」は有効に使えそうです。

    多くの場合、気持ちをつくることが必要な場面には実際にドアが存在します。ビル、フロア、オフィスルーム、会議室、家、子ども部屋などなど。ドアというものにちょっと特別な意味を持たせて、すべからくドアを開ける前には必ず「このドアの向こうで持つべきマインドセットは何か?」と自問してみたら、どうなるでしょうか。いわば「ドアの誓い」です。それができたら、実際のドアがない場合でも、架空のドアに対して「ドアの誓い」を立てることで気持ちをつくるきっかけになるのではないでしょうか。さっそく試してみようと思います。

  • 100 成長を促す学習、を促す発見、を促す傾聴

     先日、講義を終えたところで参加者のAさんから個別に質問をいただきました。講義の内容ではなく、講義の進め方についての質問です。

    外資系企業のマネジャーであるAさんは、部下からの質問に対して、つい「上から目線」で答えてしまうのを自覚していたとのこと。Aさんは、今回の講義では講師が参加者の質問に対して上から目線で回答するシーンがなかったとおほめくださった上で、高圧的にならずに知識やスキルを教えるコツがあれば教えてほしいと尋ねられました。

    その場ではモゴモゴと何かを答えましたが、あらためてコラムのトピックに据えて、教えることについてまとめてみたいと思います。

    ●ココロの作用・反作用

    もし高圧的でないように見えたとすると、おそらくAさんが使っている意味での「教える」ことについては、もとより不可能なことだとあきらめているためかと思います。いくら高い圧力をかけても、新しい知識やスキルを外から浸透させることは(わたしには)できません。

    モノの世界では、XがYを押すとき、同じ力で逆向きにYがXを押します。いわゆる作用反作用の法則です。ココロの世界でも、同じようなメカニズムが見て取れます。つまり他者が新しい考え方を押しつければ、押しつけられた側には自分のパラダイム(ものの見方・考え方)を守ろうとする逆向きのベクトルが生まれます。これは自分のアイデンティティを守ろうとする当然の力であり、この力がなければ、昨日のわたしと今日のわたしは同一人物でいられないかもしれません。

     この反作用は強力で、催眠術だって効きません。米国催眠療法協会を創立したA.M.クラズナー博士はこう述べています。(1)

    催眠にかかっていても、主導権はつねに本人の手にある。周囲で何が起きているかも完全に気づいている。そして意志決定する力も本人にある。その人が平常の意識状態でいるときに同意できない内容は、催眠状態でもやはり同意できない。即座に否定するか、催眠から目ざめてしまう。催眠によって他人がなにかをさせることはできないのだ。

    外からの押しつけはすべて反作用に阻まれると仮定すると、つまるところ「自ら変わろうとする意欲」から出発するしかありません。そして自ら変わろうとする意欲の高い人であっても、自分が許容できる方向に、許容できる量しか自分を変えません。わたしはそのような前提を置いています。

    「自分を変えたい」「あの人のようになりたい」という願いは、「自分は他人になってもいい」という意味ではありません。「自分は他人になってもいい」というのは、精神的な意味での自殺といえるでしょう。自分はあくまでも自分であって、ただ「いい自分」に変わりたいのです。

    ●意欲を促すのは発見、発見を促すのは傾聴

    では、せめて学び手の意欲を喚起できないかを考えてみましょう。意欲を喚起するのは、自分についての発見ではないでしょうか。発見は驚きを生み、驚きは好奇心を生みます。そして好奇心が探究心、つまり新しい知識やスキルへの意欲を生み出します。

    とすると、人が自分について何かを発見することを、他者が促せるのか。ここがいつも苦しむところです。Aさんから質問をいただいてから『第3の案』をパラパラと読み返してみました。「第3の案」は二者択一的な発想を乗り越えた先にあり、まさに自分についての発見が必要とされています。この本で著者が強調しているのは、薄っぺらい質問力や表面的な共感でなく、心からの傾聴の必要性です。なかでも、中東和平活動に身を投じているマーク・ゴーピン博士の言葉が印象的でした。(2)

    誰かの感情にパラダイムシフトを起こさせたいなら、その人が戸惑うほど、その人の話に本気で耳を傾けなければなりません。(p510)

    教えることは学習を促すことであり、学習の目的は成長です。成長とは自分のパラダイム(ものの見方・考え方)を変えていくことといっていいでしょう。つまり教え手は学び手が「戸惑うほど本気で」耳を傾けてもらえる環境を作らねばならないことになります。

    ……いまの講義の設計をすべて見直したくなってきました。自信を持ってAさんに回答できる日は、まだまだ先のようです。


    (1) A. M. クラズナー 『あなたにもできるヒプノセラピー―催眠療法』(ヴォイス、1995年)

    (2) スティーブン・R. コヴィー 『第3の案』(キングベアー出版、2012年)