投稿者: Koji Horiuchi

  • 083 世界と自己と未来

    ●認知の3要素と戦略立案の3ステップ

    精神科医で、うつ病の認知療法の創始者として認められている(Wikipediaより)アーロン・ベックが定義したという「抑うつ気分が高い人に特徴的な否定的認知の3要素」を見かけました。

    • 【世界】 「世間は不公平だ」
    • 【自己】 「私は人生の落伍者だ」
    • 【未来】 「もうまったく将来に望みがない」

    抑うつ気分が高い人に特徴的な否定的認知の3要素*ListFreak

    (この後の話につなげやすくするため、項目の順序を変えています)

    なにしろ三幅対(3つで組になった概念)好きなので、三幅対そのものとしての美しさ・強さを鑑賞してしまいます。「『世界−自己−未来』は骨太でいい枠組みだな、人の『もののとらえ方』をチェックするモノサシとしてよさそうだな……」と思いながら眺めていたら、意外な枠組みとの共通点が浮かんできました。

    それは戦略立案です。「世界−自己−未来」の要素に仕立て直したものをお目にかけます。

    • 【世界】 外部環境から読み取れる機会脅威は何か?
    • 【自己】 その世界における自己の強み弱みは何か?
    • 【未来】 機会を捉え脅威に備えるために、どのように強みを活かし弱みを補うか?

    「認知の3要素」でまとめたSWOT分析の3ステップ*ListFreak

    事業でも個人としてのキャリアでも基本は同じですが、事業戦略の文脈で簡単に確認しておきます。
    【世界】は、いわゆる外部分析のステップです。市場・競合・規制などの圧力などを把握して、そこで事業を展開していくうえでの機会と脅威を考えます。この段階では自社の事情を考慮せず、俯瞰的な視点を保つのが分析をややこしくしないポイント。
    【自己】のステップでは、その世界における自らの強みと弱みを考えます。強み・弱みは多分に相対的なものなので、先に【世界】を考えておくわけです。
    【未来】では、機会/脅威と強み/弱みからなる2×2のマトリックスを作り、できた4つのマスを埋めながら、機会を最大限に捉えて脅威を最小限に抑えるための戦い方を考えます。

    リストのタイトルに示したように、このアプローチはSWOT分析として知られています。SWOTは強み(Strength)/弱み(Weakness)、機会(Opportunity)/脅威(Threat)の頭文字をつなげたもの。

    ここで冒頭の「否定的認知の3要素」を、戦略立案の視点から整理してみます。うつな気分のときには:
    【世界】に機会よりも脅威を多く感じ、
    【自己】に強みよりも弱みを多く感じている。だから戦略を考える材料が少ないうえに、
    それらを組み合わせて【未来】への戦略を発想する力事態が弱まっている。

    これはつらいですね。なんだか論理療法めいた話になってしまいますが、【世界】には脅威だけでなく機会も、【自己】には弱みだけではなく強みも、存在することを確認しながら自分戦略を立ててみれば、自分の認知の偏りに気がつくかもしれません。

    ●「世界−自己−未来」の視点から合意形成のポイントをさぐる

    戦略立案のステップを、人の「もののとらえ方」に重ねて定義できたという発見は、戦略立案において合意形成にいたる一定の道筋を見せてくれたように、わたしには思えました。

    まず「【世界】 外部環境から読み取れる機会脅威は何か?」を考えるときには、お互いの【世界】観を理解することに焦点を当てます。たとえば、先ほどの「規制緩和が見込まれる」という情報について、こんな議論があったとしましょう。

    機会派「一般的には、規制緩和で業界は活性化する」
    脅威派1「一般的には、ね。そうでない業界もある」
    脅威派2「一般的には、ね。その中で滅んでいく企業もある。ウチはそうなるんじゃないかな」

    機会派と脅威派1は、同じ【世界】について異なる見通しを述べています。過去の事例を分析すれば、規制緩和で活性化する業界の特徴が浮かび上がり、「こういう条件であれば、規制緩和で業界は活性化する」といった、お互いに納得でき、かつ深い分析をともなった表現が作れるかもしれません。

    一方、脅威派2は【未来】について言及しています。これは戦略立案のステップからいえば最後に検討されることがらなので、いまは保留にします。

    「認知の3要素」は、原語では”cognitive triad”、つまり3つで1組という意味です。たとえ誰かに「【世界】は明るい」と言われても、「でも【自分】は弱いから【未来】は暗い」というように、3者が足を引っ張り合っている構造があるとすれば、このように戦略立案のステップに従って「もののとらえ方」も一緒に分解・整理できることは、実は大きなメリットのように思えます。

    こうして「世界−自己−未来」と議論を進めていきます。これが戦略立案の論理的なステップであるだけでなく、各人の「もののとらえ方」の違いをもれなく洗い出せるステップでもあることが共有されるなら、論理的にも感情的にも納得の高い合意が導かれるのではないでしょうか。

  • 082 感情にかしこくないとはどういうことか

    ●組織で評価されない人の共通点

    能力があっても組織で評価されない人には、どのような特徴があるのか。『残念な人の仕事の中身〜世界中の調査からわかった「組織で評価されない人」の共通点』という本(1)は、目次からすでにインパクトを放っています。引用をお目にかけると:

    • 【自分が見えない】
    • 「言わずもがな」が通じない
    • 自分の役割がわかっていない
    • なんでも大げさに言う
    • 自分の短所が自覚できない
    • すぐ気分に振りまわされてしまう
    • 【マイペース】
    • 必要以上に細かすぎる
    • 皮肉をユーモアと思っている
    • 人の意見をすぐに否定する
    • つねにのんびり構えている
    • 優先順位を間違っている
    • 【協力できない】
    • 数字ですべてを割り切ろうとする
    • 人のいらだちがわからない
    • ビジネスライクな対応ができない
    • 相手を偉そうにおさえこむ
    • 【自信過剰】
    • ひとりで仕事を抱えてしまう
    • つねに人のせいにしている
    • 絶対に譲らない
    • 自分だけで仕事ができると思っている
    • うまく人を動かすことができない
    • 【変化を嫌う】
    • 古いやり方に固執する
    • なれあいで仕事をしている
    • 世代の違う人間と話せない
    • 古い話にばかりこだわっている

    組織で評価されない人の行動パターン23*ListFreak

    著者はこれらのパターンに通底する12の特徴を見いだし、処方箋を与えています(2)

    わたしはこのリスト(本の目次)を見て、ざっと半分は感情のマネジメントに密接にかかわる問題だと思いました。感情知能がビジネスの現場でのパフォーマンスに正の相関を持っていることを示す資料のように感じられたのです。

    ●「感情にかしこくない」とは、たとえばこういうこと

    「組織で評価されない人」のふるまいを感情知能という観点から考えるとどうなるか、リストの先頭の『「言わずもがな」が通じない』を例にとって、すこし詳しく見てみましょう。

    エール大学のピーター・サロベイ教授らが提唱しているEI理論(EQ理論)によれば、感情知能は4つのブランチ(分野)に分類されています(3)

    その1番目は「感情の識別」です。これは、自分や他人の感情を読み、また感情を表現する能力と定義されています。相手が言外に伝えたいメッセージを読み取ることがなければ、当然ながらそれに応じた行動は取れません。

    2番目は「感情の利用」です。たとえば共感的な気持ちをつくって相手の話を聞くことができれば、先の「識別」能力と相まって、より深く相手の真情を引き出すことができます。

    3番目は「感情の理解」です。感情の識別・利用の重要性を本能的に理解して実践できている人もいれば、そうでない人もいます。しかし人の感情の動きには共通性があり、またある程度は理論化もされているので、後者であっても理解の部分は知識によって補うことができます。たとえば、感情に無頓着な人でも、そもそも『人は「言わずもがな」で感情の共有を求める性質がある』ということを知識として学ぶことはできます。ビジネス会話の中でもデータの共有だけでなく感情の共有にも注意を払うようになれれば、識別・利用の能力を高められます。

    4番目は「感情の調整」です。直訳である「感情のマネジメント」のほうが、理解しやすいかもしれません。目的のために、上記の3つの能力を使いこなす力といえばよいでしょうか。相手から読み取った「言わずもがな」を意思決定に組み入れ、行動を選択するということです。何が最適な行動かは、もちろんケースバイケースです。たとえば真意をきちんと言語化してもらうことかもしれませんし、思いを受け取ったこと示すため、同じ表情をつくって返すことかもしれません。

    23の行動パターンから、特に感情に関わるスキルを鍛えることで改善が可能と思える行動パターンを選り抜いてみました。カッコ内は特に関係が強いと思われるブランチです(4つのブランチが独立して働くわけではないので、あくまでも目安です。また「調整」ブランチは事実上すべての行動パターンに関係しますが、記述を省略しています)。

    • 「言わずもがな」が通じない(識別・利用)
    • 自分の短所が自覚できない(識別)
    • すぐ気分に振りまわされてしまう(識別)
    • 皮肉をユーモアと思っている(識別・理解)
    • 人の意見をすぐに否定する(識別・理解)
    • つねにのんびり構えている(利用)
    • 数字ですべてを割り切ろうとする(理解)
    • 人のいらだちがわからない(識別・利用)
    • ビジネスライクな対応ができない(利用)
    • 相手を偉そうにおさえこむ(識別・理解)
    • 絶対に譲らない(理解)
    • うまく人を動かすことができない(調整)
    • 世代の違う人間と話せない(識別・理解)

    わたし自身は「皮肉をユーモアと思っている」を見て、愕然 → 落胆 → 納得という気持ちになりました。というのは、自分にそういう傾向があることを知ってはいたのですが、23の好ましくない振る舞いの1つに挙げられるほどではないと(図々しくも)思っていたからです。

    相手が近しい間柄になると、冗談のつもりが皮肉になって口から出てしまいます。これはある種の反応パターンとして根付いてしまっていますから、リアルタイム性の高い会話のなかで改善するには、かなり努力が必要そうです。しかしサロベイ教授はこう言っています(4)

    「感情に意識を向けるだけで、感情知能は改善される。」

    この言葉を糧に、習慣の改善に取り組みたいと思います。


    (1) ロバート・W・ゴールドファーブ 『残念な人の仕事の中身〜世界中の調査からわかった「組織で評価されない人」の共通点』(大和書房、2011年)

    (2) 組織で評価されない人の12の特徴 – *ListFreak

    (3) EQ(感情知能)の4ブランチ – *ListFreak

    (4) ご本人の言葉として、EQグローバルアライアンス 高山 直代表よりうかがいました

  • 081 確信しているが、頑なではない

    ●増幅仮説

    学術誌で「説得における、認知および感情の一致効果」(1)という論文タイトルを見かけました。素人が要約部分をつまみ食いしながら学んだ内容なので粗っぽくなってしまいますが、経験に照らして頷けるところがあったので紹介します。

    この話をするためには、まず2008年に提出された「増幅仮説」について紹介しなければなりません。やはり論文(2)の要約をかいつまんで訳します:

    人は、あることについて確信(3)を強く持つほど、その態度は頑なになり、説得されづらくなる。これは広く受け入れられた説で、著者は結晶化仮説と呼んでいました。増幅仮説はこの一般論の修正を試みるもので、確信が確信を結晶化していくというよりは、「確信の高まりは、それが思考・判断・行動に及ぼす効果を増幅する」というのです。

    冒頭の論文は、この増幅効果を拡張する内容でした。簡単に言えばこういうことです。論理的な(4)確信を強めた人には、感情的な説得は効きづらくなる。しかし論理的な説得に対してはオープンネスが高まる、つまり考えを変えるにやぶさかではなくなる。逆もしかりで、感情的な確信を強めた人は、論理的な説得には応じないが、感情的な説得にはむしろ応じやすくなる。

    ●確信しているからこそ、オープンになれる

    ちょっと抽象的ですが、事例で考えればもっともな結果に思えます。たとえば、X国市場には進出すべきでないと確信しているAさんがいたとします。Aさんが確信を強めるにつれ、それは再帰的に強まっていって、いかなる説得をも受け容れなくなる……というわけでは、必ずしもないですよね。

    もしAさんの確信が主に論理的な判断、たとえば経済性によるものであれば、Aさんが納得するだけの論理的な理由づけを示すことで、Aさんは考えを変えるはずです。なぜなら、Aさんが確信を持っているのはX国に出るべきかどうかという結論ではなく、論理の正当性なのですから。

    逆に、もしAさんの確信が主に感情的な理由、たとえば「X国の政策には倫理的に許せないものがある、そんな国で商売をしたくない」というところから来るものであったとしたら、どうでしょうか。少なくとも、投資対効果が高いといった論理的な理由ではAさんが主張を覆す見込みは低いでしょう。

    増幅仮説は、Aさんが反対している理由を支持することによって、賛成に転じてくれる可能性が高まることを示しています。つまり、X国市場への進出がAさんの倫理や正義にかなうシナリオを提示できれば、Aさんはオープンに応じてくれるはずということです。たとえば「もし、許せないのは政治であってX国の国民一人ひとりが憎いわけではないというのなら、ビジネスを通じて国民に直接働きかけることができる好機といえないだろうか」といった観点で考えてみてもらうといったことでしょうか。

    ●頑な相手、頑なな自分との付き合い方を考える

    確信が確信を結晶化していくわけではないという考え方は、頭の固い人、凝り固まっている人など、いわゆる「頑なな人」との付き合い方を考えるヒントを与えてくれそうです。われわれがある人を「頑な」と評するとき、頑ななのは実はわれわれのほうであって、その人が何に対して確信を持っているのかを理解しようとしていないだけなのかもしれません。

    また、わたし自身頑固なところがあるといわれます。意見を変えないから頑固といわれるわけですが、何について確信を持っているから自分の意見を変えたくないのか、その源を自分なりに探ったり、相手と共有していく姿勢を示すことで、自分が重視しているものを損ねることなく意見を変えられるかもしれません。


    (1) Clarkson. J. J. et al. (2011). Cognitive and Affective Matching Effects in Persuasion: an amplification perspective. Pers. Soc. Psychol. Bull., 37, 1415-1427. (本文の日本語タイトルは勝手訳です)

    (2) Clarkson. J. J. et al. (2008). A new look at the consequences of attitude certainty: the amplification hypothesis. J. Pers. Soc. Psychol., 95, 810-825.

    (3) “attitude certainty”を直訳すると「態度の確信」となります。ただ、心理学用語としての”attitude”は、われわれが一般的に使っている「態度」とは似て非なる概念で、正確に理解して説明するのが難しかったので、”attitude certainty”に対して「確信」という訳語を充てました。「態度の確信」よりはこちらのほうが分かりやすい意訳ではないかと思います。

    (4) 引用元では”cognitive”でした。「認知的な」と訳すべきところですが、これも分かりやすさを考えて「論理的な」にしています。

  • 080 “LJ”に聞いてみる

    ●自分に相談する

    自分の問題や、考えたいこと、伝えたいことを再定義する。つまり、他者の視点から、あるいは一段深いところから、言い直してみる。こんなシンプルな作業の奥深さ・難しさに、いつも驚かされます。

    当初はビジネスの成果の問題であったものが、実は人間関係の問題であったり、時間管理の問題であったものが、実は自分に対する自信(の喪失)の問題であったりします。

    最初にパッと思いつく問題と、再定義を重ねてたどりつく根本的な問題(以下、真の問題と呼びます)が同じであることは、まずありません。

    どうも人間には真の問題を避けて認知してしまう傾向があるようです。真の問題というのは当事者にとって心底不快なものが多く、無意識のうちに思考から閉め出されてしまっても不思議ではありません。

    真の問題を探す必要性があるのは個人でも組織でも同じですが、今回は個人の問題に絞ります。また真の問題にたどり着くための方法として他者に相談するか、自分に相談するかの2つに大別できるなかで、ここでは自分に相談するアプローチについて考えます。マネジャーの意志決定の中には、他人と相談しづらいものも多く、そんな問題についてはひとりで熟考せざるをえません。

    自分に相談するとは、自分の頭で考え抜くことにほかなりません。問題を「問い」のかたちで明文化してみる、問題意識のおもむくところを付せんに書き出してから構造化してみる、目的に立ち戻って再定義してみる……。さまざまな手法があり、それぞれに試す価値があります。

    文字どおりの意味で「自分に相談する」アプローチもあります。わたしのお気に入りは「賢く、かつ忙しい知人に宛てて相談メールを書く」という方法です(1)

    この方法では、実際にメールソフトを立ち上げて、メールとして書くことが重要です。相手の貴重な時間を損ねないよう、件名からして気を遣います。本文でも、愚痴ばかりいうわけにはいきませんので、客観的な状況説明をしてから自分の問題認識を簡潔に述べ、さらにこれまでの取り組みをまとめ、要するに何を相談したいのか……といったことを考え抜きます。すると不思議なことに、そういった作業の過程でシンプルな解決策が見つかったり、人に相談するほど大きな問題ではないように思えた(自分の感情が問題を肥大化させていたことに気づいた)り、あるいは問題意識そのものがシフトしたりすることが、よくあります。

    これはわたしにとってはとても有効な方法ですが、ひとつ難点があります。それは、精神的にも時間的にもハードルが高いこと。本気になればなるほど気後れしてしまい、メールがなかなか書き出せないこともあります。

    ●“LJ”に聞いてみる

    上記の難点を補うエクササイズのヒントを、10年ぶりに読んだ『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』という本で見つけました(2)。これは創造性開発のワークショップを主宰している著者による、創造性を開発する(取り戻す)ためのガイドブックです。訳出されたのは2001年ですが、今でもブログなどでときどき見かけます。この分野のロングセラーといってよいでしょう。

    著者は「モーニング・ページ」というエクササイズをすすめています。とにかく心に浮かんだことを何でも書きとめていくだけですが、続けていくことで、心を落ち着かせたり、自分の創造性の発露を妨げているものが見えてくるといった様々な効力を発揮するそうです。

    10年前も、今回も、モーニング・ページを実践したわけではないのですが、今回は次のような文を見つけ、試してみたくなりました。

    自分でどうしていいかわからないつらい状況や問題に出くわし、行き詰まったとき、私はモーニング・ページに向かい、導きを求める。自分のイニシャル「LJ」(Little Julie)を書いて、質問を投げかけるのだ。それから答えに耳を傾け、書きとめる。

    この“Little”という形容詞が効いている、と感じました。先述のエクササイズでは「賢く、かつ忙しい知人」が相談相手です。もちろんそれこそが自分に考えさせるための仕掛けなのですが、テーマによっては、書くこと自体が難しく感じられてしまいます。
    一方、”Little(な自分)”に相談するということは、昔の自分、いっそ子ども時代の自分に相談するというイメージでしょうか。そうであれば、なんの気兼ねもいりません。

    このニュアンスをうまく採り入れたエクササイズを作ってみたいと思い、“LJ”に相当する日本語の呼称を考えてみました。

    わたしであれば小堀内あるいは子堀内というところでしょうが、どうもしっくりきません。「小」からは「小人閑居して不善を為す」といった言葉が連想されてしまい、相談する気になれませんでした。「子」では、自分の子どもを思い浮かべてしまいます。「内なる自分」「内なる堀内」では、なんとなく気恥ずかしくて、やはり相談する気になれません。

    試行錯誤の末、“LJ”がよさそうに思えました。“Little Julie”ではなく、“LittleなJibun”です。ばかばかしい略語ではありますが、LJという言葉からは何も連想しないため、そのぶん相談しやすいように感じています。


    (1) Merlin Mann “Solve problems by writing a note to yourself” (43 Folders) より。田口 元「メールを使った問題解決手法」 (IDEA*IDEA) 経由で知りました。

    (2) ジュリア・キャメロン『ずっとやりたかったことを、やりなさい。』( サンマーク出版、2001年)

  • 新規事業の戦略を考える

    新規事業の戦略を考える

    研修事業者の依頼を受けて、特定の知識や能力を前提としない、新規事業の立案研修を設計・実施しました。

  • 079 成功こそ成功の母?

     ●成功こそ成功の母

    「失敗は成功の母」という言葉をバッサリ否定するような面白い文章を見つけました(1)

    失敗は成功の源ではない。ハーヴァード・ビジネススクールのある調査によると、一度成功した起業家は次もうんと成功しやすい(次に成功する確率は三四パーセント)。しかし最初に失敗した起業家が次に成功する確率は、はじめて起業する人と同じでたったの二三パーセントだ。一度失敗している人は、何もしなかった人と同じぐらいにしか成功を収めていない。成功だけが本当に価値のある体験なのだ。

    「ある調査」とは、”Performance Persistence in Entrepreneurship”(HBS Working Knowledge)のこと(2)。これは30ページを超える論文(で読み通すのが面倒)なので、著者らへのインタビュー(3)をザッと読んで、以下の文章を書いています。テーマは起業ですが、社内で事業を興すマネジャーにも十分参考にできると思います。

    まずは「成功」の定義から。ここでいう成功とは、ベンチャーキャピタルの支援を受けて創業した起業家がIPO(株式公開)することです。ベンチャーキャピタルの支援を受けたことが条件になっている理由は、おそらく本文に書いてあると思いますが、いつ起業を志していつ失敗したかを測定しやすいからでしょう。

    引用文には載っていませんでしたが、初めて起業して成功する確率は22%です。失敗した人が2回目に挑戦しても、成功確率は23%と変わらない。この結果に興味をひかれました。成功は、起業家個人の学習能力やもともと持っている能力とは関係ないところで決まっていることを示唆しているように思えたからです。なぜかと言えば:

    1. もし起業家の学習能力によって成功の確率が上がるならば、初めて起業して成功する確率(22%)よりも、1の失敗を経て2回目の挑戦で成功する確率の方が高くてしかるべきですが、実際には23%と変わっていません。
    2. もし学習能力でなく、起業家個人がもともと持っている能力によって成功の確率が決まるならば、1回目で成功した人を除いた母集団が再挑戦する場合、成功確率は下がるはずです。しかし実際には、1回目の失敗者も2回目には23%が成功しています。
      たとえば、100人にけん玉を渡して「もしもしカメよ」を30秒間やってもらうとします。一発でできた人は22人、つまり成功確率は22%でした。では残りの78人に再挑戦してもらうと、どうなるか?78人の22%が成功するとは、とても思えないでしょう。『けん玉で「もしもしカメよ」を30秒間続けられる』ことははっきりした能力で、できる人は何回でもできます。できない人も、練習を積めば確率は上がるとはいえ、2回目ではまずできません。
    3. この調査結果を説明できる事例は、けん玉でいえば、参加者の能力レベルをはるかに超えた難しい技に挑戦してもらうケースでしょう。1回目の成功率は5%。成功者の表情から「まぐれ」だと分かります。残りの95人が再挑戦した場合、期待できるのは1回目と同じ5%でしょう。課題が難しすぎるために能力の相対差が小さくなり、できるかできないかは偶然に依存してしまうのです。

    ●「2連勝」を支えているもの

     しかし、もし起業家個人の能力が成功失敗に影響しないとすると、1回目で成功した人は2回目に34%の確率で成功するというデータをどう解釈すればよいのでしょうか。これにはいくつかの場合を考えることができます。

    一つめは、成功によってのみ学習できる何かがある場合。強いていえば、自転車の乗り方を覚えるときのようなものでしょうか。たとえば水泳は「わたしは25mがせいぜい」「わたしは100mくらいなら」と上手さにバリエーションがあります。それに比べると自転車は「乗れるか乗れないか」という要素が強いといえるでしょう。成功するまでには何回か挑戦が必要ですが、一度成功してと分かると、もう失敗しません。「ああ、こういうことか!」という成功体験が決定的に重要ということです。
    引用元の論文では、2連勝する人は市場の選び方と参入タイミングを測るスキルが高いと分析しているようですが、もしそういったスキルがもともと高い人が成功しやすいのであれば、先述したように、敗者復活戦の成功確率が変わらない理由が説明できません。しかし、最初の成功によって「ああ、こういうことか!」という感覚をつかみやすいのであれば、成功がスキルを高め、第2戦の勝率を上げることは大いにあり得そうです。
    この効果が認められるならば「成功は起業家個人の能力には依存しない」というよりは「はじめての成功は、起業家個人の能力には依存しない」というほうが、より正確かもしれません。

     二つめは、能力とは関係なく「以前に成功したから」という理由で成功確率が上がる場合。これは引用元の論文に書かれていたことですが、たとえば初回の成功によって取引先や顧客からの信用が増すとすれば、より有利に事業を展開しやすくなります。結果として、能力は伸びていなくても、成功の確率は高まります。
    1回めに失敗した起業家は、これとは逆に、2回目ではより厳しい条件を提示されると思います。しかし1回目の成功者が2回目で自分の成功体験を声高に宣伝してプラス効果を最大限に得ようとするのに対し、1回目に失敗した人はそれを積極的に開示しないことでマイナス効果を最小限に抑えようとするでしょう。結果として、1回めの成功体験が周囲からの後押しを受ける効果がクローズアップされます。

    実際には、これらの効果は合わさって発揮されるのではないでしょうか。
    たとえば、1回目に成功した人は、「成功によってのみ学習できる何か」のおかげで、2回目の潜在的な成功確率が30%に上がり、さらに周囲からのサポート効果を享受できるので、結果として34%という高い成功率になる、というイメージです。
    1回目に失敗した人は、失敗から何かを学んだプラスの効果と失敗によって信用が得づらくなったマイナスの効果が相殺されます。この効果がどのくらい寄与しているかは分かりません。どちらの効果も大したことがないかもしれませんし、両方ともそれなりの効果を発揮しているのかもしれません。いずれにせよ上手く打ち消し合って23%という数字になっています。

    ●9敗1勝は成功なのか、失敗なのか

    さて、ここまでの仮説をまとめます。

    • 何回目の挑戦であれ、初めて成功する確率は変わらない(失敗からの学習効果(+)と信用失墜効果(−)が考えられるが、どちらもごく小さいかうまく相殺しているかで、結果的には影響を及ぼさない)
    • 成功によってのみ得られる何か(やり方のコツや周囲のサポート)が存在し、1度成功するとそれ以降の成功確率は高まる

    いま、残念ながら1回目で失敗したとします。この2つの仮説がともに正しいとして、どうしましょうか。

    ここでふたたび「成功」の定義を考えなければなりません。前述の定義に照らせば、連戦連勝の起業家はうたがいなく成功者です。しかし9連敗の後ようやく1勝した起業家はどうでしょうか。(そう単純ではありませんが)資金の手当てを受けている限り、起業家は何度でも失敗ができます。そして1勝でもしたら、分け前がもらえます。同時に、例の「成功によってのみ得られる何か」が手に入り、それ以降の成功確率はグッと高くなります。

    もし9敗1勝でも成功と思えるのなら、10戦して1勝すればOKなわけです。初めて成功する確率が22%のとき、10戦全敗となる確率は(78%の10乗で)約8%です。裏を返せば、92%の人は10戦すれば最低1勝を上げられます。こうなってくると、もちろん成功は成功の母だが、失敗もやはり成功の母だと言えそうです。

    起業を肴に話を進めてきましたが、先ほどの2つの仮説は、社内起業はもちろん、より大きな文脈にも当てはまるように思えます。
    何かに挑戦するならば、意義ある1勝のために9敗してもよいと思えるテーマを選ぶこと。成功したと思ったら「成功によってのみ得られる何か」をしっかり学びとろうと思うこと。そういった心得は、「人生への満足」といったことがらについても、参考になるように思えるのです。 


    (1) ジェイソン・フリード 他 『小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則』(早川書房、2010年)

    (2) “Performance Persistence in Entrepreneurship” (HBS Working Knowledge)

    (3) “The Success of Persistent Entrepreneurs” (HBS Working Knowledge)

  • 078 過去に引きずられないためにも「選び直す」

    ●損失を嫌がるバイアスの源

    EQ理論(Emotional Intelligence Theory)の提唱者として知られるエール大学のピーター・サロベイ教授は、情動知能をわれわれの健康維持と資産形成にどう生かし得るかを論じています(1)。今回紹介したいのは資産形成のほう。

    教授は、投資活動に際して陥りがちな「病理」として、次の3つを挙げています。

    [1] 損失回避 ― 損失を受け入れることを拒否する
    [2] インダウメント効果(手持ち資産重視効果) ― 自分の物に高い価値を認める
    [3] 現状維持バイアス ― 不確定な状況では、そのままにしておくことを望む

    これらは重なって発揮されます。たとえば値の下がった株を売るということは、損を確定して、つまり「負けを認めて[1]」、自分の物である株式を「手放す[2]」ことです。それよりはとりあず「様子を見よう[3]」と思いますよね。感情は、「負けを認めて[1]」「手放す[2]」というところで「そんなのイヤだ!」と動き、「様子を見よう[3]」というところで「そうだそうだ!」と動きます。これらの強いバイアスが、合理的な投資活動からわれわれを遠ざけています。

    ここまでは、まあ行動経済学の解説書に書かれている内容ではあります。ハッとさせられたのは、これらのバイアスの根源についての洞察でした。

    教授は、一連の病理を紹介したあと、こう述べています。
    『何よりも大切な教訓があるとすれば、それは、過去というものが、私たちに大きな影響を与えすぎる傾向にあることである』

    言い換えれば、われわれは「今まで持っていたから」「今までそうだったから」という理由を重視してしまいすぎる、ということでしょう。

    ●過去に引きずられないために「選び直す」

    では、そういった偏りにどう立ち向かえばよいのか。教授のアドバイスは次の通りです。

    自分に尋ねてほしい。「もしも、私の投資がすべて現金化されて、手元に現金を持って、どこにでもそれを使う自由があるとしたら、今の投資の一覧表はいったいどう見えるだろう。これから、私の資金を投下するのにもっともふさわしい場所はどこなのか」と。

    ピーター・ドラッカーのアドバイスに、よく似たものがあります。ドラッカーは、企業は成長戦略の一環として2〜3年ごとに事業を見直していくべきと述べています。具体的にはこう自問しろと言っているのです(2)

    「この製品を生産していなかったとして、あるいはこのサービスを行なっていなかったとして、今われわれが知っていることを知っているとして、それを始めるか」

    個人と同様に組織も、過去に影響されすぎるということでしょう。合意形成が必要な分、組織の方が過去から受ける慣性の力のようなものが強く、見直しは難しいのではないでしょうか。

    ただ選ぶのではなく、ゼロから「選び直す」。前回『やる気を見つけるために、現状を「選び直す」』というノートを書いたときには、自己選択感を取り戻すために「選び直し」ました(3)。「選び直し」は、過去に引きずられがちな自分の心の偏りから離れるためにも有効なようですね。

    いったん過去から離れて(投資であればすべてを現金化して)、それからどうするか。教授は『理想的な一覧表から、今の自分の一覧表がどのくらい隔たっているかという度合いに応じて、投資している資金を移転するほうが望ましい』と述べています。投資からより大きな意志決定へと敷衍するならば、自分や組織の「ありたい姿」を描いてみるのが必要ということですね。

    次の文は、EQ理論の提唱者ならではの価値あるアドバイスです。

    このときには、あなたはそれを移転ないし資金の移動とだけ考える必要がある。私たちの感情は、私たちが売買でなく資金の再配置といった言葉で考えるときに、投資の目的により協力的になるようだからである。

    われわれには損失を嫌悪し現状を維持したいというバイアスがあるので、それが作動しづらい言葉を選ぼうということです。たとえば、仕掛かっている案件の一つを「中止し」て新しい案件を「始め」るのではなく、部として抱えている案件ポートフォリオの「再配分」をすると考えるわけです。

    サロベイ、ドラッカー両教授のアドバイスをまとめ、投資や事業戦略だけでなく、仕事・所有物・人間関係など人生におけるもろもろの選択について使えるように一般化してみました。

    • 【条件1】 それを過去に経験、あるいは所有していなかったと仮定する
    • 【条件2】 しかし現在それについて持っている知識は使えるものとする
    • 【問い】 これからそれを始めたい、あるいは所有したいと思うか?
    • 【選択1】 Yesであれば、それをせよ
    • 【選択2】 Noであれば、望ましい状態になるように資源の再配分をせよ(それを止めて別の何かを始めると考えると、過去に引きずられてしまう)

    「それ」をやり(持ち)続けるべきか否かを決めるステップ*ListFreak


    (1) ジョセフ・チャロキー、ジョン・D. メイヤー、ジョセフ・P. フォーガス 『エモーショナル・インテリジェンス―日常生活における情報知能の科学的研究』(ナカニシヤ出版、2005年)

    (2) 「自らの強みが大きな成果を生む分野への集中」|3分間ドラッカー 「経営学の巨人」の名言・至言|ダイヤモンド・オンライン 

    (3) 『やる気を見つけるために、現状を「選び直す」

  • 077 やる気を見つけるために、現状を「選び直す」

    「週末は、親戚の介護があるんですよ」

    友人のAさんから、そんな近況を聞きました。Aさんの伯母は伴侶に先立たれて独り暮らし。子どもはおらず、兄弟も近くには住んでいません。認知症が進んできたため介護サービスを頼んでいるが、それでもいろいろあって、毎週通わないといけないそうです。

    「小さい頃にとてもお世話になった伯母なので、義務と思ってやってますよ」

    と言っていました。

    「こういうのもチャレンジというんですかね」

    と、問われたような気がしました。実際にそう言われたわけではないのですが、あたかも「もし堀内さんがわたしの立場だったら、どう考えますか?」と問われているように感じました。

    誰にも「降りかかってくるピンチ」はあります。新任の上司がとてもイヤな奴だった、突然社内の公用語が英語になった、などなど。そのようなときに、一拍置いて状況を新しい目で見直す方法はないだろうか。Aさんから(勝手に)あずかったお題をあれこれ考えていました。

    現状を「受け入れる」という言葉は、いかにも受動的で、気持ちの切り替えには役立ちそうにありません。現状を「引き受ける」と考えてみるのも、個人的には好きな言葉ですが、もう一歩前向きな発想を自分にさせる言葉がありそうです。

    試行錯誤の末、現状を「選び直す」という言葉を見つけました。最近試してみて、いろいろ発見がありましたので、それを紹介します。

    ●現状を「選び直す」というエクササイズ

    現状を「選び直す」とは、現状を
    「そうしないこともできるのに、自分はあえてこの道を選んでいる」
    と、はっきり言葉にする作業を指しています。

    思い込みを打破するためには、「〜もできるのに」という部分を思い切って広く考えてみるのがよさそうです。事実上ありえない選択肢でも、思考実験として、あるいはいっそゲームとして、考えてみます。Aさんの例でいえばこんな感じです。

    「介護したくなければ伯母を殺すこともできるのに、そうしないことを選んでいる」
    → あたりまえ!殺人は犯罪です。しかし、この「あたりまえ」を「あえて犯罪者にならないという選択をしている」と選び直します。「法律の定めがなくてもそんなことはしない」と思うのであれば、それは「(自分が考える)まっとうな人間でいるという選択をしている」と選び直します。

    これはどうでしょう。

    「介護を放棄することもできるのに、そうしないことを選んでいる」
    → これもあたりまえすぎて、ふだんは考えることもないでしょう。しかし実際問題、実の親の介護放棄であっても法的に罰せられることはないそうです。また介護に行けないもっともな理由をつくることもできるはずです。ですから「法的・技術的には介護を放棄できるのに、あえてそうしない」と選び直します。

    いろいろなテーマでこの「選び直し」エクササイズを実施してみると、「状況がこうなので、こうするしかない」としか思えないことでも、つまるところは自分の選択なのだということに気づけます。Aさんは「義務」という言葉を使っていましたが、その義務を負わせているのは、自分(の道徳観)にほかなりません。同じ状況下にあっても、伯母の状況を見て見ぬふりをして、しかも心の平穏を保っていられる(、Aさんから見れば薄情な)人だっているでしょう。

    他のケースも同様です。イヤな上司であれば「上の上に相談することもできるのに、自分はあえてそうしない」と選び直します。すると「いや、そのように自分に言うことには耐えられない。上の上に相談してみよう」という行動につながるかもしれません。

    英語公用語化であれば「会社を辞められるのに、自分はあえて英語を学ぶ」と選び直します。すると「まあそうだな。この会社でやりたいことを考えると、超えるべき壁として苦手な英語を学ぶという選択をしている」という覚悟につながるかもしれません。

    いずれにせよ多くの場合、陥った状況から何らかのチャレンジを引き出すことができるように思えます。

    ●毎朝、自分を「選び直す」

    われわれは毎朝起きて、昨日の続きをします。わたしでいえば、昨日やり残した仕事の続きを今日やります。昨日まで夫だったので今日も夫をやり、昨日まで父だったので今日も父をやります。

    それらすべては、実は選び直すこともできます。仕事を放棄し、家庭を放棄し、蒸発することもできます。恩知らずになる自由も、住所不定無職になる自由も、犯罪者になる自由も、自分の命を断つ自由も、わたしにはあるのです。

    でも今日は、あえて昨日の続きを選びます。夫になり父になり、仕事の続きをやる道を選びます。すると、最初にそれを選んだときのことが思い出されます。

    朝にそんなことを考えてみるのは、まるで精神の着替えです。寝間着を脱いでから服を着るように、状況から離れてからすべてを選び直す。そうすることで、今日1日の「役」をしっかり引き受けようという気持ちが高まりました。

    マネジャーという職務自体を一度放棄して選び直すことは、単なる想像上のエクササイズとしても、難しいかもしれません。しかしたとえば今日一日どうふるまうかくらいであれば、選び直しやすいのではないでしょうか。

    性格は変えづらい(あるいは変えられない)ものですが、気分は変えることができます。思考の質は気分に左右されることが実験によってたしかめられており、EI理論によれば感情知能の高い人は目的にかなった気分をつくり出すことに長けています。われわれも今日の気分を選び直すところから試してみようではありませんか。

  • 076 「意思決定日誌」の項目

    投資家のマイケル・J・モーブッサンは、直訳すると『2度考えよ』と題した本の中で、自分の意思決定を改善する方法として「意思決定日誌」をつけることを提案しています。(1)

    重要な意思決定をする時はいつでも、何を決めたのか、どのようにその決定に至ったのか、そしてどんな結果を期待しているかを書き留める時間をとろう。もし時間とやる気があれば、自分の決定に対してどのように感じるかについて書いてもいいだろう。

     これは意思決定の瞬間というか、行動する前にメモしておくことが重要。なぜなら結果が出た後では、「後知恵のバイアス」によってわれわれの解釈は歪められてしまうからです。

     何を書くべきか、具体的に考えてみましょう。提案されている項目は次の通り。

    • 何を決めたのか
    • どのようにその決定に至ったのか
    • どんな結果を期待しているか
    • (時間とやる気があれば)自分の決定に対してどのように感じるか

    「どのようにその決定に至ったのか」は、決定の経緯についての問いです。自由度が高く答えやすい項目のように思えましたが、実際に試してみると長く曖昧になってしまいがちなので、これは削りました。その代わりに決定の目的を先に書き、その目的に照らしてこの決定が最善といえる根拠を書きます。

    さらに、目的と手段の関係をチェックするために「目的の目的」を加えます。目的には決定の結果として直接期待できることを書き、目的の目的には、その期待が満たされることによって間接的・派生的に起きると期待していることを書きます。たとえば「本を出す」と決め、その目的は「名刺代わりに使える自己紹介ツールを持つ」だとしましょう。この目的は、きちんと出版までこぎつけられれば自動的に達成されます。しかし「名刺代わりに使える自己紹介ツールを持つ」ことには、さらなる目的があるはずです。たとえば「○○としての実績を相手に理解してもらう」など。いったんそこまで上ってから決定について考えおろすことで、目的と手段の関係が整理されていきます。

    上記の提案のすこし後には『意思決定をする前に、失敗するとしたら何が原因になり得るかも記しておくとよい。』という記述もあります。これも振り返りにあたって有益なインプットになるので、加えましょう。これと重なる可能性がありますが、成否を分ける鍵についてもメモしておきたいと思います。多くの決定は何らかの前提・仮定に基づいており、その仮定が満たされることが目的を果たすうえできわめて重要になるからです。

    以上を問いのリストとして整理すると、次のようになります。項目がやや多いので「書けるだけ書いておく」という運用になるでしょう。 

    • 【内容】 何を決定したのか?
    • 【目的】 どんな結果を期待しているか?
    • 【目的の目的】 その目的が果たされた結果として、何を望んでいるか?
    • 【根拠】 目的・目的の目的に照らして、この決定が最善といえる根拠は何か?
    • 【失敗】 どのような失敗があり得るか。その原因になり得るのは何か?
    • 【鍵】 成否を分ける重要な因子は何か?
    • 【感情】 この決定について、どのように感じているか?

    意思決定にあたってメモしておきたい7項目*ListFreak

    先日、実際に「本を書かないか」というオファーをいただいたので、そのオファーを受けるとした場合の日誌を書いてみました。よいサンプルになればと思っていたのですが、いざ書いてみると、公開しづらい個人的な考慮事項がたくさん出てきてしまいました。あたりさわりのない部分だけ抜粋してもリアリティに欠けるかもしれませんが、せっかくですからお目にかけます。

    • 【内容】 何を決定したのか?
      ○○というテーマでの書籍執筆のオファーを受諾する
       
    • 【目的】 どんな結果を期待しているか?
      1. 自分なりの考えがまとまること
      2. 本が当該テーマについての実績としてカウントされること
      3. 一定数の読者から支持が得られること
    • 【目的の目的】 その目的が果たされた結果として、何を望んでいるか?
      2および3の結果として、新しい仕事の機会が創出されること
       
    • 【根拠】 目的・目的の目的に照らして、この決定が最善といえる根拠は何か?
      すくなくとも2012年の段階では、紙の書籍というフォーマットが、マーケティング・ブランディングのツールとして有効と考えている。またこちらからの提案でなくいただいたオファーに応えるかたちなので、出版社内の稟議もスムーズに進むのではないか。
       
    • 【失敗】 どのような失敗があり得るか。その原因になり得るのは何か?
      2. 自分の意向がしっかり伝わらない → 自分の望むようなしつらえにならず、実績としてカウントしたくない本になる
      3. ターゲット層の悩みや期待を掘り下げない → 支持が得られない
       
    • 【鍵】 成否を分ける重要な因子は何か?
      2. 編集者、ひいては編集者を通じた出版社との意思疎通
      3. 事前ヒアリングと筋の通った仮説の構築
       
    • 【感情】 この決定について、どのように感じているか?
      いただいた機会に応えるか、今年温めてきたテーマにこだわって自分から機会を求めていくべきか、やや迷いを感じている。また読者対象が自社事業のコアよりも若いことへの不安もある。

    (1) マイケル・J・モーブッサン 『まさか!?―自信がある人ほど陥る意思決定8つの罠』 (ダイヤモンド社、2010年)

  • 075 意志決定の手本となる(あの人なら、どうするだろうか)

     複雑な意志決定にあたって、「あの人なら、どうするだろうか」と考えてみると新たな視点を得ることができます。「あの人」は直接の知人だけでなく、本の著者でもかまいません(「本に私淑する」)。

    部下が「あの人なら、どうするだろうか?」とマネジャーであるあなたについて考えてくれるとして、その種をどのようにまいていけばよいのでしょうか?

    これはなかなか難しい作業です。たとえば「これが、自分の『決断の3か条』だから」といってリストを渡すことはできます。しかしそのままでは使えません。そういったショートリストは、凝縮された言葉に本人ならではの意味合いが込められており、受け手がそれを自分のものにするまでには時間がかかるからです。あるいは、OJTよろしくつきっきりで行動すれば、どんな局面でどう考えるかということを共有できるかもしれません。ただし人数が限られますし、いつでも一緒というわけにもいきません。

    こういった努力について、ある中学校の先生の取り組みをうかがい、強い感銘を受けましたので、学びをまとめておきたいと思います。

    ●先生からの情報発信を続ける

    先生は自分のクラスの生徒に向けて、日刊のメールニュースや週2〜3回の学級新聞を発行し続けています。メッセージといっても、訓話的な「いい話」ではありません。逆に、一般的な連絡事項が中心です。宿題はこれですよ、行事の準備は進んでいますか、明日は誰の誕生日ですよ、といった内容です。加えて、テスト問題の作成が大変だとか、採点に夜中までかかってしまったとか、先生の日常の仕事ぶりが添えられています。

    おそらく、メールは30分、学級新聞は1時間ほどかかるでしょう。週1回のメールニュースの発行でさえ苦労しているわたしからすると、この作業の大変さがよく分かります。中学生が「先生、毎日メールニュースをありがとう」と感謝の意を表明してくれるとも思えません。いったい何を励みにこれを続けておられるのかを知りたくて、ヒアリングをさせていただきました。先生は次のように話されました。

    「たしかに返事が来ることはまれです。そして実際のところ、どのくらい読まれているかは分かりません。」
    「でも、ふとカバンの底から学級新聞が出てきたりすれば、クラスの外でもクラスのことを、そして担任のことを思い出すきっかけにはなってくれると思っています」

    ぶしつけを承知で「そのご努力は報われていると感じているか」と聞いてみたところ、明確には分からないとしつつ、こんなエピソードを語ってくださいました。

    生徒が遊園地に行って「小学生料金で入っちゃおうか」という話になったときのこと。ある生徒の反対で皆が思いとどまったそうです。その生徒の発言は「先生が悲しむから、やめようよ」。

    この生徒の共感能力もかなり高いと感じますが、共感できるだけの先生の人格が、その子の中に育っていたわけです。こういった話が先生の耳に届くこと自体まれでしょう。したがって似たことはたくさん起きているのでしょうし、言語化されないレベルまで含めれば、さらに多くの生徒が「先生は、どう思うだろうか」と自ら問う対象としての「内なる先生」を持てているのではないでしょうか。

    ●部下に日報を書く、子供に日記を書く

    自分の意志決定の基準を共有するために、決断の方法論やポリシーといった、大上段に構えた話をする必要はないのかもしれません。何にどれだけ時間を使ったかという事実そのもの、こうして毎日生徒のために時間を割いているという事実そのものが、先生の意志決定スタイルを雄弁に物語っているからです。

    部下に日報を書かせているマネジャー、あるいは子供に日記を書かせている親は、少なくないことと思います。わたしもそうしてきました。部下や子供の考えを知りたいと思ってのことです。

    相手も同じように思っているはずです。それなのに、自分は部下に日報を書いたことも、子供に日記を書いたことも、ほとんどありません。「あの人なら、どうするだろうか」という対象になる覚悟もなく、その努力もしていないのに、最近の若者(自分の子ども)は自分で判断し、行動できないと嘆く資格はないと思い知らされました。

    相談があればいつでもおいでと言っている(から、自分に学びに来ない部下〔子供〕が悪い)。そう言いたい気持ちもあります。しかしこれも、自らすべき努力を相手に転嫁しているところがありそうです。相談する側に身を置いてみれば、平時の考えが見えない相手に有事の相談をしたくはありません。

    マネジャーの日報も親の日記も、先生の学級新聞と同じく「いい話」である必要はありません。部下の評定に1人1時間もかかってしまったという事実を淡々と書いていく。もちろん日報という体裁である必要はなく、社内ブログなどでもいいでしょう。とにかく機会を捉えて、自分の考えや選択について情報発信をしていく。

    そういったエピソードの集積が、やがて「あの人なら、どうするだろうか」の材料になっていく。小さな情報発信の大きな価値を、先生の挑戦は教えてくれているように思います。