投稿者: Koji Horiuchi

  • 049 矛盾を超えて「右上」をめざす

    ●顧客−組織−環境にとっての善をめざす経営

    星野リゾートの星野 佳路社長は「リゾート運営の達人になる!」というビジョンを実現するために、下記のような工夫をしているそうです。(1)

    ビジョンを壁の花にしないように、それを具現化し、社員に浸透させるために、三つの数値を掲げた。「顧客満足度2・5」、「利益率二〇%」、「エコロジカルポイント24・3」である。

    シンプルながら、考えられた数値ですね。顧客−利益(組織)−環境の三者のすべてを追求する姿勢は、「売り手良し、買い手良し、世間良し」の「三方良し」に通じるものがあります。星野氏は、互いに矛盾しがちなこれらの数値をあくまで高い次元でバランスさせようというしくみを作っています。

    利益率と顧客満足度を縦軸、横軸にとって、一定の利益率と顧客満足度を獲得したら決算賞与が出るしくみである。

    事業の成功のためには、利益と倫理、長期と短期、個人と組織など、さまざまなトレードオフを乗り越えていかなければなりません。それらの両立を縦軸・横軸にとって考えるというのは、やはりシンプルで効果的な方法だと思いました。

    ●矛盾しがちな2つの視点を組み合わせて「右上」をめざす

    投資の世界では、リスクとリターンをそれぞれ横軸縦軸にとって、リスクに対するリターンが最大化されるようなポートフォリオが選ばれます。これを真似て、たとえば様々な打ち手の期待効果をこのマトリクス上にプロットして、打ち手の組み合わせを考えてみるのも面白いかもしれません。しかし実際の事業では、一つの打ち手が様々な効果(望ましいものもそうでないものも含めて)を生みます。しかもそれらの効果が現れるまでには時間差があります。

    そのような時間差を考えて事業を設計するために、打ち手と期待される結果の因果関係を図解することがあります。インフルエンス・ダイアグラムなどと呼ばれます。たとえば、引用元のリゾートホテル事業にちなんで「アメニティ(室内備品)の充実」という打ち手を考えてみましょう(下図)。この打ち手は顧客満足度を高める一方で、コストがかかることから利益率の低下を招きます(青はプラスの、赤はマイナスの影響を表しています)。しかし高い顧客満足度を維持できれば、次の図に描いたようなメカニズムで顧客満足度と利益率向上の両方を達成できるはずです。

    こういった図を書くとき、箱の位置関係は気にしないことが多いと思います。しかし、次のように利益率−顧客満足度の平面においてみるとどうでしょうか。

    「アメニティの充実」という打ち手は、顧客満足度を高める一方で運営費を高めてしまう(利益率を下げてしまう)ので、右下からのスタートです。しかし、図に描かれたような効果を出していくことで右上に行こう、つまり満足度をキープしたまま利益率を高めようという意図がはっきりします。

    マトリクスをどのように使うかはともかく、「我々が求めるものを高いレベルで両立させよう」というメッセージを「右上をめざそう」という図に託して訴えるのは、マネジャーとして参考にしたいやり方です。


     (1) 一條 和生、徳岡 晃一郎、野中 郁次郎 『MBB:「思い」のマネジメント ―知識創造経営の実践フレームワーク』(東洋経済新報社、2010年)

  • 048 「事情通」に頼らない

    ●「事情通」の仕事

    ある中央官公庁の無為無策を難じる記事を読みました。記者に「あの組織は、なぜあのような策を取ったのか?」と問われた大学教授は、実はその組織には強力な派閥があって、特定の方向性の策が打ち出されやすい構造があるのだと答えていました。

    政治経済方面の書籍や記事には、よく「事情通」が登場します。「事情通」の役目は、問題と見なされている状態や行動に対して、あまり知られていない情報を持ち出し、それが原因であると示唆することです。

    しかし、その情報は事実かどうか、よく分からない。そしてその情報が問題の主な原因なのかどうかも、よく分からない。単に考えられる原因のうちマイナーなものを挙げてみせただけなのかもしれないのです。

    ●社内にもいる「事情通」

    組織の中にも「事情通」はいます。たとえば、あなたが何か新しい事業提案をしようとすると

    「実は、社長は前職でそういう事業に手を出して失敗してるんだ。だから……」

    と、何かをほのめかしてくる人たちです。

    どうしても決められないときには、われわれは「もっと情報が欲しい」と思います。決定的な情報がどこからかもたらされないかという期待をつい抱いてしまいます。

    「事情通」に話を聞きたくなってしまうのはそんなときです。もちろん、問題の原因となっているかもしれない事実をたくさん集めるのは、有益な作業です。新しい事実によって、自分の思い込みに気がつけるかもしれません。

    しかし、事実とそれを語る人の意見とは、注意深く分ける必要があります。先の例でいえば、社長が自分の提案したいような事業で失敗した経験を持っているのは事実かもしれません。しかし、「だから……」以降の話や、それを語りながらその人が醸し出すノンバーバルな(言葉によらない)メッセージは、その人自身の先入観や前提が色濃く反映されている可能性があります。ノンバーバル・スキルの高い語り手の中には、相手を誘導するつもりがなくても、高い説得力を発揮してしまう人もいます。そういった人の話を「判断のための決定的な情報が欲しい」と思いながら聞いてしまうと、抗うことは難しくなってしまうでしょう。

    語られた情報から事実を選り分けるだけでなく、相手が語っていない事実もあるかもしれないことを念頭に置く必要もあります。悪意がなくても、人は自分の思いこみに合わないデータを無視しがちです。「事情通」は聞き手を混乱させないようにという配慮から、結果的に特定の情報を語らずにすませるかもしれません。

    ●「依存しないが無視もしない」

    経験や知識が豊富な(だけの)「事情通」に自分の判断を依存しない。かといって、耳をふさぐ必要もありません。「事情通」との接し方を、下にまとめてみました。

    • 事情通の話に対しては「依存しないが無視もしない」スタンスを保つ。新しい情報を自分の判断にどう反映させるかは自分の責任である。
    • 事情通の語る情報から、事実と意見とを分ける。
    • 事情通が言及していない事実もありえることを忘れない。
    • 事情通の話を、そこに自分にとって新しい事実が含まれていたからという理由で過大評価しない。それは事実であっても、事情通がどのようにほのめかそうとも、問題の本質からは遠い断片的な情報に過ぎないかもしれない。

    「事情通」との付き合い方*ListFreak

    われわれは誰しも「事情通」の顔を覗かせています。たとえばアドバイスを求められて相手のために自分の経験を披露するとき、あるいはマネジャーとして部下にアドバイスを与えるときを思い返してみてください。事実と自分の意見とをどこまではっきり分けて伝えられているでしょうか。

    また、相手が「事情通のあなたに誘導して欲しい」という依存心を示してくることも珍しくありません。部下の自立を促すならば、「どう思われますか」といった質問には即答を避け、まず相手に考えてもらうように運ぶべきでしょう。

  • 047 因果関係のとらえ方のクセを測る

    望ましくない結果に陥れば、そこから抜け出るために原因を考えます。好調であれば、それを維持するために、やはりその原因を考えます。マネジャーの意志決定プロセスには、こういった原因の推察が欠かせません(1)

    しかし、不完全なデータから原因を考えるわけですから、そこには個人の主観が入ります。そういった因果関係のとらえ方のクセを整理できる、よい「軸」があります(2)

    • 内外軸(内的/外的):原因を自分に帰属しがちか、自分以外の何かに帰属しがちか
    • 時間軸(永続的/一時的):同じような状況では、いつでもその原因が同様の結果を繰り返しもたらすと考えがちか、それとも違う可能性が高いと考えがちか
    • 空間軸(全体的/部分的):その原因が他のあらゆる局面にも関わると考えがちか、その特定の状況だけに限定されると考えがちか
    • 可能軸(可変的/固定的):ある結果の原因を自分でコントロールできないものに帰属しがちか、コントロールできるものに帰属しがちか

    因果関係のとらえ方のクセを測る4つの軸*ListFreak

    簡単な例で考えてみます。あなたはマネジャーとしてプロジェクトのキックオフミーティング(プロジェクト開始時の打ち合わせ)で短いスピーチを行いましたが、残念ながらメンバーの反応は芳しいものではありませんでした。

    まず、そのスピーチを失敗と捉えるか成功と捉えるかのレベルも、人によって違います。メンバーの反応が同じでも、失敗と捉える人とそうでない人がいて、後者の場合にはそもそも問題として認識されないわけですが、ここでは失敗だったと認めざるを得ないほど反応が悪かったとしましょう。

    • 内外軸(内的/外的):スピーチの失敗は自分が口ベタだったせいだ/自分以外の何か(例:会場が暑くて小さくて暗かった)のせいだ
    • 時間軸(永続的/一時的):次回のプロジェクトでもこの口ベタのせいで同じ失敗をしそうだ/次回は大丈夫だろう
    • 空間軸(全体的/部分的):この口ベタのせいで、営業プレゼンも社内研修の講師も失敗しそうだ/ほかの機会では大丈夫だろう
    • 可能軸(固定的/可変的):この口ベタは性格だから直らない/練習すればうまくなるだろう

    抑うつ傾向のある人は、そうでない人に比べて内的・永続的・全体的・固定的な原因帰属をしがちだということが知られています(2)。一方で、抑うつ傾向のある人のほうが論理的に「正しい」原因帰属ができているという研究結果もあるそうです(2)。また、思考課題の成績はそのときの感情によって左右されるという研究もあります(3)

    軸のどの辺に位置するのがよいという一元的な指針はありません。仕事の種類によっても、望ましい偏りぐあいは違ってくるでしょう。たとえば、もともと低い成功率が想定される(セールスなどヒト系の)仕事では、失敗がほとんど許されない(オペレーションなどモノ系の)仕事のように精密には原因追究ができません。精神的にも保たないのではないでしょうか。

    研修ベンダーなどに相談すれば、自分の相対的なクセをつかむようなエクササイズを設計してくれるでしょう。日常業務のなかでは、自分と他人の原因帰属の違いを測るような機会がないのでなかなか難しいですが、結果から意志決定プロセスへのフィードバックを日常的に積み重ねていけば、ある程度はつかめるのではないでしょうか。EQ理論によれば、適切に感情を利用していくことで、そういった偏りを補正できます。


    (1) 堀内 浩二 『問題解決クイックガイド 行動を成果につなげる9つのステップ』(booknest、2010年)

    (2) E.B.ゼックミスタ他 『クリティカルシンキング (入門篇)』 (北大路書房、1996年)

    (3) デイビッド・R・カルーソ他 『EQマネージャー』 (東洋経済新報社、2004年)

  • 046 「それ」を感じた瞬間に書きとめておく

    ●「イヤな予感がする」と「イヤな予感がしてたんだ」では大違い

    本コラムの『意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく』という回では、情動や感情を意識下からのシグナルだと説明している神経学者や心理学者の見解を紹介しました。そのうえで、経験と感情をセットで記録することで経験のデータベースを育て、感情の動きを意志決定に活かしていけるのではないかと書きました。今回はその補遺です。

    我々には「後知恵のバイアス」というやっかいな認知バイアスが備わっています。心理学者のユージン・ゼックミスタは、著書『クリティカルシンキング・実践篇』で、後知恵のバイアスをこう説明しています(1)

    「人がある出来事の結果を知ったとき、自分はそのような結果になることを前から予測していた、あるいは本来ならば予測できたはずだという確信をもつ」

    何かの行動が失敗に終わり「やっぱり。イヤな予感がしてたんだ」と思ったとします。しかし、行動する前にほんとうにそう感じていたのか、それとも後知恵のバイアスによってそう感じてしまうのか、結果を知った後ではもはや分かりません。

    ●「それ」を感じた瞬間に書きとめておく

    感情が決断の直接的な引き金になるケース(蛇を見たので恐怖を感じて逃げるとか)では、感情を受け取ったその場で判断すればよいのですからシンプルです。しかし、われわれの社会生活における複雑な意志決定においては、そういう単純なシーンばかりではありません。さまざまな状況を観察し、いろいろと情報収集などもして、あれこれ考え合わせて意志決定をするようなことが少なくありません。

    その際に、われわれは後知恵のバイアスの影響を受けている、つまり「ある状況に初めて遭遇したときの感情状態を正確に思い出すことはできない」ことを理解している必要があります。そうでないと、EQを働かせているつもりが実は後知恵バイアスに振り回されているだけということになりかねません。

    後知恵のバイアスを補正するためには、「ある状況に初めて遭遇したとき」や「何かを行う直前」に感じたことを記録しておく必要があります。事後に読み返して奇異に感じたとしても、それが自分の感情シグナルの正しい精度なのです。

    ビジネスプランや戦略思考の研修では、新しいビジネスケースを読んだ瞬間に感じたことをメモしてもらっています(これはまったく個人的な経験に基づいたお勧めで、EQ理論や後知恵バイアスについて学ぶ前からそうしてきました)。

    たとえば、ケースの主人公がいきなりある仕事を任されたとします。自分が主人公だったらその瞬間何を感じるか。これは人それぞれです。いままでの仕事はどうなるのかに思いを馳せる人もいれば、引き受けることによって自分の処遇がどうなるのかがフッと心配になる人もいます。

    ところが、いざケースの状況に入り込んでしまうと「読んだ瞬間に何を感じたか」と聞いてみても、不思議なほど思い出せないものです。また思い出せたとしても、その情報にはあまり価値がありません。ケースの中に入り込んでしまった瞬間から、後知恵のバイアスが働いているのですから。

    もし「その状況に出合った瞬間の感情メモ」が残っていれば、100%正確にとはいかないにしても、当時の感情を思いだすきっかけになります。EQ理論にのっとれば、なぜそのように「感じた」のかを理解し、「考えた」ことと統合することで、よりよい意志決定にいたることができます。

    上記をふまえて、『意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく』で作ったリストを修正します。

    ◆感情を意志決定に活かすための、経験データベースの育て方
    1.どんな状況だったか、どう「感じた」か
    2.どんな選択肢があり、どう「考えて」どんな選択をしたか
    3.どんな結果になったか
    4.選択と結果をどう評価するか(=「考える」か)
    5.選択と結果についてどう「感じる」か

    実際には、こういった情報を意志決定をする案件単位で書いていくのは難しいと思います。業務日誌あるいは日記にこれらの情報を書きとめておき、大きな意志決定を振り返る際に編集していくのがよさそうです。感情を意志決定に活かすための経験データベースの育て方についてはさらに探究を続け、また皆さんにご報告したいと思います。


    (1) E.B. ゼックミスタ、J.E. ジョンソン 『クリティカルシンキング・実践篇―あなたの思考をガイドするプラス50の原則』(北大路書房、1997年)

  • 選抜管理者向け「コミュニケーション・経営戦略」研修

    選抜管理者向け「コミュニケーション・経営戦略」研修

    化学系製造業の管理職研修を提供している事業者からお声がけをいただき、「コミュニケーション・経営戦略」パートの設計と提供を担当しました。

  • 045 汎用的な問題解決のサイクル

    ●シンプルなツールを、長く使う

    プロは自分の道具を選び抜き、使い込みます。マネジャーも同じで、多くのフレームワークを知っているマネジャーが必ずしもよいマネジャーとは限りません。

    ある仕事でご一緒させていただいた方は、40を過ぎてから経営学の修士過程、いわゆるMBAを修められました。もちろんフルタイムで働きながら、週末を勉強に費やされた成果です。

    能力・姿勢ともに尊敬すべきその方は、修士課程を振り返り、次のようなことを言われました。修士課程で学んだのは、数々の経営フレームワークではなく、フレームワークを作って問題の全体像を把握したり、考え漏れをなくしていくという思考のスキルであると。

    知識の習得が有用でないという意味ではありません。もとより知識は学び続けなければならないものですが、問題への取り組み方のようなものは一度自分なりのやり方をつかんでしまえば汎用性があります。

    ●汎用的な、問題解決のサイクル

    ほぼすべての仕事で、問題を見出し、取り組み、解決に導くことが求められます。仕事柄、そして個人的な興味から、多くの問題解決の方法論を学び、そして試す機会がありました。実のところ、現在ビジネスの世界で共通言語として用いられている問題解決の方法論にはそれほど多くのバリエーションがあるわけではありません。わたしの知る限り、その源流は20世紀初頭のプラグラマティズムにあります。たとえばアメリカの哲学者ジョン・デューイが1938年に著した”Logic: The Theory of Inquiry”などは、現代のビジネスにおける問題解決の方法論の原型といってよいのではないでしょうか(1)

    もちろん、用途に応じてさまざまなバリエーションが開発されてきました。創造的な問題解決のために問題の発見に重点を置くアプローチ(例えばブレークスルー思考)や、問題の原因に深入りせず解決を志向するアプローチ(例えばソリューションフォーカス)などがそれにあたります。

    とはいえその核にあるものは、それほど変わってはいません。次に示すのは、そういった代表的なバリエーションを取り込んだ汎用的な問題解決のステップです。

    【めざすべき目的の再定義】
    ステップ1 [将来像] ありたい姿は何か?
    ステップ2 [価値観] なぜ、その将来像なのか?真に重要なのは何か?
    ステップ3 [目標] 具体的な到達点はどこか?
    【解くべき課題の定義】
    ステップ4 [分析] 目標と現状とのギャップはどこにあるのか?
    ステップ5 [推察] そのギャップは何によって生じているのか?
    ステップ6 [課題] 目標達成のために乗り越えるべき壁は何か?
    【解決策の実行と学習】
    ステップ7 [選択肢] 課題解決のために何ができ得るか?どれを選ぶか?
    ステップ8 [実行] どうやるか?
    ステップ9 [学習] 何を学んだか?

    問題は目指すべき目的の再定義によって常につくり出せるという立場から、「問題解決のサイクル」という名前を付けています。問題解決研修の副読本として使用しているものを、booknestでも頒布いたします(2)


    (1) チャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェームズ、ジョン・デューイ 『世界の名著 48 パース/ジェイムズ/デューイ』(中央公論新社、1968年)

    (2) 堀内 浩二 『問題解決クイックガイド 行動を成果につなげる9つのステップ』(booknest、2010年)

  • 044 「伝わる」ための7要素

    ●「誰が」「どういう文脈で」それを言うのか

    ある企業のリーダーシップ研修にコーチとして参加しました。参加者はシニアマネジャー/マネジャー/メンバーといった擬似的な階層をに作り出してプロジェクトを遂行します。その過程で、それぞれが果たすべき役割や壊すべき役割意識について、探究します。コーチ役は一切の操作や誘導をしないので、すべての学びは自発的に起きます。とはいえ、考えを深めてほしいポイントはいくつかあり、そこに向けた問いかけを練るのがコーチ役の仕事になります。

    わたしはシニアマネジャーの担当だったのですが、その回の参加者に対しては「いまの状況をマネジャーから見たらどうか?」という問いかけが届かず、焦っていました。届かないという意味は、問いかけを受け止めてはくれるものの、それについてほんとうに考え抜くには至っていないということです。

    そんな状況をマネジャー担当のコーチ(Aさんとします)に話したところ、Aさんはある手を打ってくれました。シニアマネジャーが協議している場所にふらっと立ち寄り、マネジャー担当コーチからの質問というかたちで、同じ問いかけをしたのです。

    その場面を脇から見ていて、Aさんの問いかけが強い内省のきっかけになったことが手に取るように分かりました。もちろんAさんのクエスチョニング・スキルが高かったという理由もあるでしょう。しかしそれ以上に、問いかけが「誰によって」「どういう文脈で」発せられたかという違いが、その気づきの違いを呼んだように思いました。

    ●「伝わる」ための7要素

    メッセージを伝えることそのものは、意志決定という作業には含まれません。しかし、自分の決定が受け手に伝わって、受け手が具体的な行動を起こしてくれて、はじめて意志決定の成果を問うことができるわけです。そう考えると、組織のマネジャーの意志決定は、その伝達と不可分です。

    何かが「伝わる」とき、そこには7つの要素が関係しています。

    • 送り手 ― ゴールによっては、あなたが最善の送り手とは限らない。
    • ゴール(送り手が望む、受け手の変化や行動) ― 「送り手が伝えたこと」ではなく、「受け手に伝わったこと」が「伝達されたこと」。
    • 受け手 ― 単数なのか複数なのか。直接伝えるのがよいか間接がよいか。
    • 状況(背景・文脈) ― 受け手は状況をどのように理解しているか。
    • コンテンツ(内容) ― 構成は論理的に。何かを「伝えない」というコンテンツもある。
    • モード(伝わり方) ― 「伝える」だけでなく、受け手に発見してもらうこともできる。
    • チャネル(手段) ― 他の6要素の選択によってある程度絞られる。自分の好き嫌いは二の次。

    「伝わる」ための7要素*ListFreak

    上で紹介したケースでは、「送り手」と「状況」が違ったことで、同じ「内容」でも伝わりかげんが大きく違いました。

    受け手に伝わったことがすべて。大事なメッセージを伝えるときにはこの7要素を注意深く選択すると同時に、相手への伝わりぐあいを観察しながら、さまざまな組み合わせを試してみるべきでしょう。

  • 043 「部下のため」に「自分のため」を語れ

    ● 「あなたのため」に「私のため」を語れ

     マネジャーの意志決定という作業の中には、日頃からの部下との関係構築が含まれます。部下の共感を得る方法に王道はなく、誰もが自分なりのスタイルを模索しています。

     コンサルタントの佐々木直彦は、自らの情報整理術を開陳した本で、共感を得るためには『「あなたのため」に「私のため」を語れ』と言っています(1)。今回はこの言葉を肴に、マネジャーと部下のコミュニケーションスタイルについて考えてみます。

     相手のこころを動かしたいからといって、相手のメリットばかりを強調するのは逆効果だということをご存じでしょうか。これは多くの人がはまりやすい「伝達の罠」です。


     一例を挙げます。新マネジャーAさんは、献身的なまでに部下の自発性をサポートする姿勢を打ち出しました。

    「キミのやりたいことを、やりたいようにやっていいよ。オレができる限り壁になるからさ」というスタイルです。Aさんはその理由をこのように言います。

    「自分が若い頃、さんざん上司に押さえつけられましたからね。そういうマネジャーには絶対ならないようにしたい、と思っていたんです」

     しかし、部下の眼にはどう映るでしょうか。マネジャーのAさんが組織と個人の間に生じるすべての軋轢の緩衝材になって、部下の自分は個人の目的を追求する。そんなモデルに持続性があるようにはとても思えません。Aさん自身のメリットが見えないので、薄気味悪く思うかもしれません。佐々木氏は「自分の本音をさりげなく相手に伝えることには、相手に安心感を与える効果がある」と言っています。

    ● 「私のため」だけでは共感は得られない

     Aさんと時を同じくしてマネジャーになったBさんは、自分の事情もさらけ出し、部下と同じ高さに立つスタイルを選択しました。

    「ぶっちゃけ、マネジャーの評定ってこうなってんのよ。オレもクビになりたくないからさ、悪いけどここは踏ん張ってくれないかな」というスタイルです。彼はこう言います。

    「どうせ同じ会社の歯車なわけだし、マネジャーだからって偉そうにしたくないんですよね」

     Bさんは、部下の眼にはどう映るでしょうか。Aさんよりは分かりやすい上司です。部下も「どうせ組織の歯車」的な仕事観を持っているならば、共感も生まれるでしょう。しかしそうでない場合、部下がBさんに抱き得るのは共感というより同情に近い感情です。

    ● 「私のため」にひそむ、「私」を超えた何かへの共感

     組織の目的と個人の目的が100%合致しないことくらいは、部下も承知しています。さらにいえば、個人的な目的を超えて目的を共有することで、組織は社会に大きな価値を提供でき得るということも。だからAさんのように「あなたのため」だけを連呼されても、Bさんのように当人だけに閉じたような「私のため」だけをさらけ出されても、どこか共感しづらいのだと思います。

     「こういう話をすれば必ず共感が得られる」というやり方はないでしょうが、個人的には、マネジャーは部下にこんな「私のため」を語ってほしいと思います。。

    • マネジャー自身はどんな「組織対個人」の葛藤を感じているのか。自分自身のために、それをどう乗り越えているのか。
    • この組織を通じてどんな価値を誰に提供したいと思っているのか。
    • 仕事を通じて、どんな人間になりたいと思っているのか。
    • なぜ同業他社でなく、この組織で働いているのか。

     こういった仕事観や人生観を共有することは、自らの意志決定の基準を共有することにほかなりません。したがって、重要な意志決定に際してなぜ自分がその結論に至ったかを部下が理解するのを助けます。


    (1) 佐々木 直彦 『時間をかけない! 情報整理術 〜 不況知らずのコンサルが実践している』(PHP研究所、2010年)

  • 042 内なる操作主義とたたかう

     昨年上梓した書籍『クリエイティブ・チョイス』をテーマにお話しさせていただく機会を得ました。その中で「組織における創造的な選択」というトピックを扱いました。

     クリエイティブ・チョイス(創造的な選択)も、当コラムのテーマである「意志決定」の一部です。今回はそのときの議論を振り返りながら、部下の意志決定力向上を支えることについて考えてみたいと思います。

    ●「我がこと」を突き詰めて、「皆のこと」まで突き抜ける

     「組織における創造的な選択」というトピックでは、以下のような流れでお話ししました(1)

    • 供給過剰の時代、企業の競争力の源泉は創造性である
    • 創造性の源は個人であり、組織はその増幅装置である
    • 組織における創造的な選択は、ある個人がその人の「我がこと」を突き詰めて、「皆のこと」まで突き抜けたところに生まれる

      この部分について、参加者のおひとりから印象深い質問をいただきました。

    「人材開発が仕事なので、いまの話をどう実践するかを考えている。どのようにして、一人ひとりを変えていったらよいのだろうか」

     自分は「変える」という言葉を使わないで考えるようにしている、というのがその場での回答でした。

     「我がこと」あるいは「当事者意識」「コミットメント」といった姿勢は、それが自発性の発露であるがゆえに、他人が操作することはできません。マネジャーは、いちど「人は自分が変わろうと思わない限り変わらない」という前提に立って部下との付き合い方を考えてみるべきだと思います。

     そんなことは分かっているよ、と言われる人は多いと思います。しかし、徹底的に、かつ現実的に、この前提に立って考えるのは、意外に難しいものです。自分がどれだけ操作主義的かは、会話に出てくる操作語をチェックしてみることで推し量れます。

    ●操作語をチェックする

     「操作語」というのは造語です。「(他人に)〜させる・せる」という使役の言葉と、「(他人を)変える・高める」といった操作の言葉の総称です。

     部下に「深く考えさせたい」「思考力を高めたい」といった言葉は操作語です。言葉尻の問題のように思われるかもしれませんが、われわれは言葉で考えますから、言葉の使い方に注意を向けるだけで発想が変わってきます。次に示す例は、人材開発部門の人との対話です。

    「研修の目的は何ですか」
    「社員の思考力を高めることです。あれ、『高める』は操作語ですね。社員の思考力が高まることです、かな」
    「研修で『社員の思考力が高まる』ものですか」
    「それは受けさせて成果を測定してみれば……」
    「『受けさせて』は操作語ですよ」
    「そうですね。『受けてもらって』では同じかな、『受けた後に』?」
    「研修を『受けさせる』ことなしに、皆さんは研修を『受ける』ものでしょうか?」
    「……どうでしょう、手を挙げさせるようにすれば、あ、『挙げさせる』も操作語ですね(笑)」

     操作語をていねいに排して考えると、こちらからできるのは、

    • 相手に期待を表明して、あるいは問いかけをして、
    • 相手の自発的な言動をとらえて、
    • それに反応する

    くらいになります。関係性によっては、期待を表明するだけで相手を操作できますので、1番目には注意が必要です。

     こちらからの働きかけがほとんどできなくなることに不安を感じるとしたら、それだけ統制的なアプローチであるという気づきにつながると思います。

     実際には、時間の関係でこのような回りくどいアプローチは難しいケースもあるかもしれません。しかしこのエクササイズの実践によって、統制的な環境においても、相手が自発性を持って行動する余地を作り出すことは常に可能であることが分かります。

    ●隠れた操作主義に注意

     「考えさせたい」が操作語というなら、「考えることを促したい・支援したい」であればOKなのでしょうか。

     これらの言葉は相手の自主性を尊重しているようですし、実際そうであるケースも多いでしょう。しかし、促し方によっては操作主義的になりえます。たとえば「深く考えることを促す」ために、報告書のフォーマットを決めたマネジャーがいました。理由を尋ねると「こうすれば、いやでも失敗の原因と対策について考えてくれますからね」とのこと。

     このマネジャーがもし考えることを促したいのであれば、フォーマット自体を考えてもらうこともできたでしょう。もう一段さかのぼって報告書の質を高めるためにできることを考えてもらうことも、できたでしょう。

     もちろんこういった選択には「正解」がありません。誰が何をどれだけ考るかは、時間の制約や部下の能力・視線の高さのような変数によって加減されるべきものであり、そういった資源配分こそまさにマネジャーの仕事です。

     ところで、今の例で、より真剣に「自発性」に目を向けているマネジャーはどうするでしょうか。さらに一段前から、つまり「報告書はどうあるべきか、それに比べて現状はどうか」という、問題意識の種を問いかけるところから始めるのではないでしょうか。そこから「報告書は何のためにあるのか」という、さらなる本質的な議論が始まることを期待して。


    (1) 堀内 浩二 『クリエイティブ・チョイス ― 必ず最善の答えが見つかる』(日本実業出版社、2009年)

  • オープンセミナー『クリエイティブ・チョイス』

    オープンセミナー『クリエイティブ・チョイス』

    社会人向けにオープンセミナーを運営している企業からお誘いいただき、『クリエイティブ・チョイス』の1日セミナーを実施しました。

    書籍の内容からは少し離れて、我々の Choice(選択)に感情がどう関与しているかなど、知情意の話をすこし織り交ぜて。