投稿者: Koji Horiuchi

  • 041 人生を見直すきっかけとなる6つの「シグナル」

    ピーター・ドラッカーは、キャリアのどこかで「退屈」が生じる可能性を示唆しています(1)

    知識労働者には、いつになっても終わりが無い。文句は言ってもいつまでも働きたい。とはいえ、30のときには心躍った仕事も、50ともなれば退屈する。したがって第2の人生を設計することが必要になる。

    問題は、われわれが「退屈」していることを感じ取れない、あるいは感じていても無視・抑圧してしまうことです。それは、社内での競争が忙しいためかもしれませんし、変化を自ら起こすよりは現状維持のほうが楽だと考えてしまうからかもしれません。

    EQ こころの知能指数』の著者ダニエル・ゴールマンは、2002年にHarvard Business Review誌に論文を投稿しています。『「燃え尽き症候群」を回避する自己管理術』と題されたこの論文に、「人生の棚卸しのタイミングを知る」という項がありました。自分の人生を見直すきっかけの訪れが、次の6つの「シグナル」としてまとめられています(2)

    1. 「行き詰まりを感じる」 ― 仕事の目的を見失って焦りを感じるが、成功した人ほど「降りる」のが難しい。
    2. 「もううんざりだ」 ― 成功への野心や意志といった気質を持つ人ほど「うんざりしている」という事実を認識するのは難しい。
    3. 「いまの自分は自分が望んでいるような自分ではない」 ― 適応性に優れた人ほど、みずからが信ずるところに従う代わりに、小さな譲歩を何度となく繰り返してしまう。
    4. 「倫理をないがしろにしたくない」 ― みずからの正義と対立する事態に直面して、自分の人生を見つめ直す必要に迫られる。
    5. 「使命を放っておけない」 ― まるで突然の啓示を受けたかのように「それ」を無視し続けられない衝動にかられる。
    6. 「人生はあまりに短い」 ― 人生の節目で、これまでの選択の是非を自問自答したり、達成してきたことと夢とを引き比べてみたりする。あるいは突発的なできごとによって、自分にとって大切なことがはっきりとする。

    人生を見直すきっかけとなる6つの「シグナル」*ListFreak

    特に、1の解説文の中にはハッとする記述がありました。われわれの多くは、「行き詰まり」を感じたとしても、状況を打開するようなチャレンジを簡単にはできない理由があります。たとえば、社会的地位や経済的な面での生活水準など。しかしその帰結はどうか。著者はこう述べています(2)

     これらの理由から、状況が好転することを期待しつつも、疲れた足取りで同じ道を延々と歩まざるをえない。安定にしがみついたり、よき企業市民たらんと努力したりするが、結果的には自分で自分の牢獄をせっせと築くことになりかねない。

    自分で自分の牢獄を築くとは、かなり厳しいコメントです。それだけ著者の危機感が大きいと読み取るべきでしょう。

    ゴールマンは、そういった「シグナル」を感知してその意味するところを自分なりに解釈するために、いくつかの方法を提案しています。なかでもページ数を割いていたのが「内省」でした。特別なメソッドを学んだりする必要はありません。彼が提案していたのも、過去を振り返る、人生の基本原則を定義する、やりたいことを書き出してみる、15年後の生活を描いてみるなど、いわば「ありふれた」エクササイズです。

    しかし、そういったありふれたエクササイズをやっていないことを知らせてくれるのが「シグナル」なのでしょう。ゴールマンは内省を促すために、先のような厳しいコメントを埋め合わせてあまりある、力強い応援メッセージを贈っています(2)

     つまるところ、その人生を早晩見つめ直す必要性が、ほとんどの人々に差し迫っている。内なる声に耳を傾ける機会に恵まれた人は、十中八九、これまでにもまして、強く、賢く、決意に満ちて、内省の時から戻ってくることだろう。


    1. P・F. ドラッカー 『プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか』(ダイヤモンド社、2000年)
    2. DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 『EQを鍛える (Harvard business review anthology)』(ダイヤモンド社、2005年)

  • 040 意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく

    ●意志決定における感情の役割

    神経学者のアントニオ・ダマシオは、脳に損傷を負った患者の研究を通じて、意志決定における感情の役割を考察しています。ダマシオによれば、われわれは経験(どんな状況で、どんな選択をし、どんな結果になったか)を、その結果がもたらした感情と関連づけて分類・蓄積します。そうした関連づけがあるので、

    「特定の分類の特徴に一致するような状況がわれわれの経験の中にふたたびあらわれると、われわれは迅速かつ自動的に、適切な情動を展開する」と述べています(1)

    「迅速」かつ「自動的に」、「適切な」情動を展開するという部分を少し詳しく解説します。そもそも情動を展開するというのは、身体または脳からの情動信号が編集され、特定の「感情」としてわれわれの意識に届くことを意味しています。こういった情動展開プロセスは生存のために生物が発達させたものなので、つねに「迅速」に起動されます。このプロセスは、われわれが感知できるレベル(つまり意識)の下で「自動的に」行われます。

    そうやって生起した情動が「適切」かどうかは、見方によります。

    過去の類似の経験から将来の帰結を予測し、目を向けるべき選択に集中させてくれるという意味では「適切」に働いてくれます。たとえば、あなたが部下の評価をしなければならないとします。忙しい時期だったので評価の数字だけ書き込んで提出しようとしたそのとき、ちょっとイヤな感じがよぎったとしましょう。それは「過去、こんな状況でいいかげんな評価をして、観察が足りないと人事から厳しい注意を受けた(経験)。恥ずかしかったが、腹も立った(感情)」といった情報が経験データベースに蓄積されていたせいかもしれません。その場合、「このまま数字だけ提出すると、また腹立たしい結末になるかも」という警告が情動として生起し、それが「イヤな感じ」という感情として意識に届いたということです。

    しかし、つねにそれに従うべきかどうかという意味では、かならずしも「適切」とは限りません。経験データベースが「どんな状況でどんな選択をしてどんな結果になり、それをどう感じたか」という情報の蓄積以上のものではないとしたら、そこから客観的に正しい判断を引き出すことはむしろ難しいでしょう。とりわけビジネスにおける意志決定では、自分がどう感じるかよりは客観的に見てどれが妥当かという観点で決断しなければ、合意形成は難しいと思います。

    ●意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく

    しかし、直感ありきはよくないにしても、客観的に見てなお妥当な選択肢が見つからない(あるいは同じくらい妥当な選択肢が複数ある)場合には、マネジャーはどれかを選択せざるを得ません。もちろん、選択しないという選択肢を含めて。

    そのとき頼りにできるのは、やはり自分の情動・感情システムになってきます。ダマシオはこう書いています(1)

    「情動と感情には、将来を見るための水晶玉があるわけではない。しかし適切な文脈で展開されると、それらは近い将来や遠い将来における、ことの善し悪しを教える前触れとなる。」

    このシステムを強化する、つまり直感を育てるにはどうすればよいのでしょうか。すでに述べたメカニズムからすると、それは「経験と、それに伴う感情をしっかり結びつける」ことではないかと考えられます。

    失敗したら大いに落胆する。成功したら大いに喜ぶ。経験は感情によってわれわれのデータベースに刻まれ、同時にダマシオの言う「ことの善し悪し」の基準を育てていくように思います。

    なぜならば、何をもって成功・失敗とするかという基準がない限り、われわれは喜ぶことも悲しむこともできないからです。たとえば、同じ失注という失敗でも、悔しがるべき失注と、しかたないとあきらめるべき失注があるでしょう。その境界はマネジャーによって異なると思いますが、なんにせよ、われわれは感情を表すことで一つの評価を下すわけです。それについてどう感じたかをあいまいにしたままやり過ごしてしまうと、いくら経験を重ねても、それは賢慮につながらないのではないでしょうか。

    このデータベースづくりは、脳にだけ任せておく必要はありません。意志決定を振り返るときには、通常はまず結果の当たり外れを、次いで意志決定プロセスの良し悪しを評価すると思います。(本来はプロセスが先だとは思いますが)。ここに「どう感じたか」を加えておいてはどうでしょうか。たとえば

    1.どんな状況だったか
    2.どんな選択肢があり、どう考えてどんな選択をしたか
    3.どんな結果になったか
    4.選択と結果をどう評価するか

    こんな感じでメモをしているとしたら、そこに

    5.選択と結果についてどう感じたか

    という項目を加えるということです。これによって当時の意志決定を反芻しやすくなりますから、直感システムの強化につながるのではないでしょうか。


    (1) アントニオ・R・ダマシオ 『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』(ダイヤモンド社、2005年)

  • 039 6秒間で思慮深さを取り戻す

    ●「情動のハイジャック」を防ぐ「シックスセカンズ・ポーズ」

     売り言葉に買い言葉。瞬間湯沸かし器。火に油を注ぐ。われわれは突発的な事態に直面すると、往々にして感情のコントロールを失ってしまいます。ダニエル・ゴールマンはこういった状態に「情動のハイジャック」という印象的な名前を付けました。(1)

     動機づけの研究で知られるロチェスター大学のエドワード・デシ教授は、自律的になるにはこういった情動に飲み込まれない能力が欠かせないとしています。(2)

     『感情が行動を決めるかわりに、どう行動するかを選ぶための一つの情報となる。行動は感情の自覚と達成しようとする目的を考慮したうえで選ばれる。』(3)

     「情動のハイジャック」を防ぎ、デシ教授が理想とするような行動を選択するには、どうすればよいのでしょうか。

     幸いなことに、情動の寿命は数秒であることが知られています。EQ関連ビジネスを手がけるEQジャパンを率いる高山直氏は「シックスセカンズ・ポーズ」という方法を紹介しています。(4)

    怒りを感じたら「一、二、三、四、五、六」と六秒程度かかるように、ゆっくり数を数えます。次第に気持ちが落ち着いてくるのがわかるはずです。これはアメリカでは「シックスセカンズ・ポーズ」といわれるもので、EQ教育のパイオニア的存在である団体が子どもたちの情操教育に使って成功している方法です。

     数でなく花の名前を六つ思い出してみるのも有効とのこと。とにかく気をそらして、情動が鎮まるのを待つということですね。

     デシ教授は、情動をただやり過ごすだけでなく「どう行動するかを選ぶための一つの情報」として扱うと言っています。この辺りを掘り下げたのが、エール大学のピーター・サロベイ教授らによって提唱された「EI(EQ)理論」にほかなりません。(5)

    ●感情を素早く言葉にする「ラベリング」も有効

     情動をやり過ごすだけでなく、そこにひそむ意味を探るもっとよいやり方はないか。友人に紹介された、原始仏教の瞑想法(ヴィパッサナー瞑想)の入門書にヒントがありました。著者は「シックスセカンズ・ポーズ」を紹介した上で、より有効な方法として「ラベリング」を勧めています。(6)

     「怒り」「嫌悪感」「怒っている」とサティを入れて言葉確認(ラベリング)することにより、怒っている状態が対象化され、一瞬のうちに怒りを止めることができます。

     サティとは、著者の地橋 秀雄氏の言葉を借りると「いまの瞬間に気づくこと」。この瞑想法は、自分の「いま」の言動や感情を言葉にしていくことで、よけいな考え(雑念・妄想)を切り離していきます。

     わたしもさっそく試してみました(子どもたちのおかげで、情動が呼び起こされるネタには事欠きません)。たしかに自分の感情状態が客観視できそうですし、感情をあらわす言葉を選ぶのに時間がかかったりすると、それはそれで「やり過ごし」の効果も享受できます。奥の深い世界もあるのでしょうが、これだけのことであればたいして練習も要りません。

     この「ラベリング」によって脳に起きる変化を測定した実験がありました。感情を言葉にすると、扁桃体(情動の処理を行っている脳の部位)の反応が小さくなったとのこと。実験を行った研究者はこのように述べています。(7)

    私たちは、mindfulになるほど(「いま」に意識を向けるほど)右の腹外側前頭前皮質が活発になり、扁桃体が不活発になることを発見しました。

     感情的な経験を言葉にすると、言葉で考えるための部位(右の腹外側前頭前皮質)が活発になる。このことが扁桃体の活動を抑制するようです。

     EI(EQ)理論でも、自分(や他者)の感情を正確に理解することは、感情に関する諸能力の基礎として重視されています(「感情の識別」)。(5)

     会話の中で6秒間の間を作るのははいかにも長いですが、待つだけで確実に効果があります。ラベリングはさらに積極的に扁桃体の活動を鎮める効果があるようです。同時にEI(EQ能力)の開発にもなります。試すに値する知識ではないでしょうか。


    1. ダニエル・ゴ-ルマン 『EQ こころの知能指数』(講談社、1998年)
    2. エドワード・L. デシ、リチャード・フラスト 『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』(新曜社、1999年)
    3. ここで「感情」と訳されている言葉は、原著では”emotion”。つまりゴールマンの「情動」と同じです。文脈からすると「情動」が正確な訳です。
    4. 高山 直 『EQ こころの鍛え方 行動を変え、成果を生み出す66の法則』(東洋経済新報社、2003年)
    5. Peter Salovey, John Mayer et al. “Emotional Intelligence: Key Readings on the Mayer and Salovey Model“,  Natl Professional Resources Inc, 2004
    6. 地橋 秀雄 『人生の流れを変える瞑想クイック・マニュアル―心をピュアにするヴィパッサナー瞑想入門』(春秋社、2008年)
    7. The Science of Mindfulness Meditation” (Psych Central News)
  • 038 道徳的な判断に必要な3つの義務感

     先日、内部告発を行った元社員の方へのインタビューを見ました。転職した食品会社で不正が行われていることを知り、何年も悶々と過ごし、とうとう勇気をふるって告発に踏み切ったとのこと。

     こういう事件に接すると「法律違反と知りながら、なぜ告発までにこんなに時間がかかったのか」と素朴に思ってしまいます。しかし当事者の視点から見ると、状況はそう簡単ではないようです。

     街の有力企業がつぶれてしまったら、自分はもちろん同僚やその家族はどうなるか。不正もそのうち鎮まるかもしれない。どこかから監査が入って正してくれるかもしれない……。実際、告発を行ったその方は、地域どころか家族からも疎んじられ、いまは別の街で独居しています。もう70歳を超えておられます。こうおっしゃっていました。

    「告発が自分にとって良かったのか悪かったのか、分からない」

     この方のように明らかな違法を告発するケースでさえ、正しいと信じる決断をするのは難しく、しかも必ず報われるとは限りません。

     われわれも、日常生活や仕事の中で大小さまざまな決断を迫られますが、なかでも難しいのは倫理的な基準に照らして決めなければならないときだと思います。そんなときに、考えるべき視点をコンパクトにまとめたリストがあると考え漏れがなくなっていいですよね。次に引用するのは、国際政治学者ジョセフ・ナイの『リーダー・パワー』で見つけたリストです(1)

    • 【良心】個人や宗教に根拠を置くもので、完璧な道徳性をめざして人々を導くもの
    • 【一般的な道徳律】すべての人間が社会生活で持つべき義務として取り扱われる、一般的な道徳のルール
    • 【専門的基準】職業的な倫理、つまり、人の果たす役割に伴う義務と見なされる伝統的な期待

    道徳的な判断に必要な3つの義務感*ListFreak

     もちろん、たとえば「一般的な道徳律」といっても、どこからどこまでが一般的なのかという基準が明示されているわけではありません。このリストは、判断にあたって使うべきものさしの種類を教えてくれているだけであり、ものさしに目盛りを振るのは個々人の仕事です。

     個人的な良心。社会的な道徳。職業的な倫理。ナイ氏は、それぞれについて目標・手段・結果を吟味することを勧めています。

     この3つが互いに矛盾するとき、われわれは悩みます。たとえば、個人的な良心を貫くために、職業倫理に違反する必要があるかもしれません。しかし、この3つが健全に対立(3つですから鼎立ですね)していなければ、道徳的な判断ができないかもしれません。冒頭の例で言えば、良心の鈍った食品会社の社長にとっては、職業的な倫理に従うことはもはや義務(法律上の拘束という意味ではなく、個人としてなすべきことという意味で)ではありませんでした。


    (1) ジョセフ・ナイ 『リーダー・パワー』 (日本経済新聞出版社、2008年)

  • 037 考えに筋を通すための、4つの問いかけ

    ● 中学生にも役に立つ、ピラミッド・ストラクチャー

    『自分の答えのつくりかた』(1)という、自立した個人として考えるために必要なスキルや態度を教える本を読みました。半分物語仕立てになっていて、主人公のピンキーは魚の世界の中学生。ピンキーはさまざまな挑戦や事件を通じて、主観だけに頼らない選択のやり方や、自分なりの主張を構築する方法を学んでいきます。

    ピンキーが会得する思考ツールに、ピラミッド・ストラクチャー(2)があります。主張と根拠のセットを多段階に(ピラミッドのように)積み上げることで、自分にも他人にも分かりやすい論理が構築できますし、相手の論理の妥当性をチェックすることもできます。この本がそうであるように、基本的な考え方は中学生でも十分に理解できる発想です。実務で活用されている方も少なくないのではないでしょうか。

    この本では、歴史の先生が質問によって生徒に考えさせ、自分なりの論理を構築するのを手助けします。マネジャーの皆さんも、この先生と同じアプローチを職場で用いることができるでしょう。

    ●考えに筋を通すための、4つの問いかけ

    そのためには、次のような質問を注意深く使い分ける必要があります。

    1. 解釈や主張を促す「それで?」
    2. 主張の根拠を掘り下げる「なぜ?」
    3. 根拠の確からしさを確かめる「本当?」
    4. 論理の完成度を高める「他には?」

    考えに筋を通すための、4つの問いかけ*ListFreak

    どれも、武器にもなれば凶器にもなる質問ばかりです。以下、ひとつずつ見ていきましょう。

    ▼解釈や主張を促す「それで?」

    たとえば、状況報告に終始しがちな相手から意見を引き出すための問いかけです。状況報告だけでは満足していないことを示すために、「それって要するに……?」「ということは、つまり……?」など、相手の話を促すような問いかけをしていきましょう。

    一つの会話にいろんな主張が入ると、お互いに整理できなくなってしまいます。ピラミッドの頂点を探すつもりで、重要な主張に絞っていく姿勢が必要です。

    ▼主張の根拠を掘り下げる「なぜ?」

    「なぜ?」は、論理的思考の代名詞のような問いかけですね。論理的思考の研修に出た上司から「なぜ?」攻めを受けて困った、という部下の方の話を聞いたことがあります。

    これもピラミッドをイメージしながら聞くとよいと思います。「なぜ?」「なぜ?」と問い下がっていくことは、どんどんピラミッドの下層に降りていくことに他なりません。いまそれが必要な局面なのか、それとも上位の論理構造をしっかり押さえるべきなのかといったバランス感覚が求められます。

    掘り下げていく場合には「ここは重要なところだからよく考えてみたいんだが、なぜ……?」などと、意図を明らかにしながら会話をリードしないと、質問されたほうは、ただ重箱の隅をつつくような質問をされていると感じるリスクがあります。

    ▼根拠の確からしさを確かめる「本当?」

    要するに、根拠となっている情報や仮説がほんとうに根拠たり得るのかを確認するということです。片っ端から確認していくだけの時間はないでしょう。根拠が根拠になっていなさそうなところでしっかり質問して、根拠の正当性を重視する姿勢を印象づけるといった使い方が有効ではないでしょうか。

    ▼論理の完成度を高める「他には?」

    「なぜ?」と聞いて、3つの根拠が出てきたとします。その3つの根拠で本当に判断してよいのかを一緒に考えるための質問です。この質問によって、相手がどれくらいねばり強く考えてくれているかどうかをうかがうことができるでしょう。

    すでに自分なりの論理を組み上げている相手に対しては、ただ「他には?」と聞いても考えが進まないかもしれません。「他にどんな議論があった?」「他に、たとえば○○という視点から見ると……?」など、考える材料を渡す準備をしておくとよいと思います。


    (2) バーバラ ミント 『考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則』 (ダイヤモンド社、1999年)

  • 036 歴史の法廷に立つ覚悟

    ●歴史の法廷に立つ覚悟

    「将来、歴史の法廷に立つ覚悟ができているのか問いたい」。

    ご存じの方も多いと思います。2009年11月に行われた、政府(行政刷新会議)による「事業仕分け」の結果に対して、ノーベル化学賞受賞者の野依(のより)良治氏が放った批判の言葉です。

    「歴史の法廷」とは大仰な言葉ですが、くだそうとしている意志決定を批判的に検討するときの言葉として使えるのではないかと思いました。

    マネジャーは、覚悟のあるなしに関わらず、自分の意志決定について他者から問われる立場にあります。特に倫理的に難しい決断にあたっては、「歴史の法廷」に立ってみることで、視座を高く保つことができそうです。

    「歴史の法廷」は複数あります。そこで存在を認められたいと願う集団の数プラス1だけあります。以下にその例を挙げてみます。

    ●組織の、家族の、自分の歴史という法廷

    たとえば「組織の歴史」という法廷に立つということは、「自分のこの決断を、将来自分の職務を引き継ぐ人はどう見るだろうか」と考えてみることです。

    あなたの決断は、何らかの形で将来の後継者に影響を及ぼします。仮にあなたの決断が好ましくない結果を引き起こしていた場合、将来の後継者はどう見るでしょうか。「あまりにも刹那的な、あるいは身勝手な決断だった」ではなく、「あの時点では最善の決断だった」と思ってもらうためには、どうしたらよいでしょうか。

    あなたが子供を持つ親であれば、自分を「家族の歴史」という法廷に立たせることもできます。つまり「自分のこの決断を、将来自分の子どもが知ったとき、どう見るだろうか」と考えてみるということです。

    親や親しい友人などでもかまいません。家族というのは、尊敬を失いたくない(かつ仕事と関わりのない)存在の象徴です。あなたの決断は、それが仕事上のものであっても、あなたの人格を反映しています。その決断を「仕事だから」という文脈を共有しない人にさらすシミュレーションをすることで、「仕事だから」という口実に逃げ込んで、ほんとうは納得していない決断をしていないかどうかをチェックできるのではないでしょうか。

    それらの最後に、「自分の歴史」という法廷に自分自身を立たせることができます。『クリエイティブ・チョイス』では、ジェフ・ベゾスがAmazon.comを創立するにあたって自らに発した、次の問いかけを紹介しました(1)

    「八十歳になった自分が過去を振り返ったとき、数億円のボーナスを蹴って自分の会社を立ち上げようとしたことを、後悔するだろうか?」

    誰もが立たなければならない法廷があるとすれば、この法廷でしょう。そして自らこの法廷に立つことによって、人は本当に納得できる決断を引き出せるのではないでしょうか。


    (1) 堀内 浩二 『必ず最善の答えが見つかる クリエイティブ・チョイス』(日本実業出版社、2009年)

  • 035 論理的な意志決定の支援者としての「感情」

    ● なぜ、短い時間で決断できるのか

    神経学者アントニオ・ダマシオの『生存する脳』は、思考における感情(と身体)の関わりを、数多くの臨床研究(脳の一部にダメージを受けた患者の研究)によって明らかにしようとする力作です。

    その本の中で、われわれが決断をくだすメカニズムを考えている箇所があります。要約しつつ紹介しましょう。

    あなたはある企業のオーナーだとします。あなたはいま、重要な仕事をもってきてくれそうな人物と会うかどうか、そして特別な取引を進めるかどうか、悩んでいます。なぜかといえば、その人物は偶然にも、あなたの大親友の最大の敵であることが分かったからです。

    この問題に純然たる理性だけで取り組むと、どうなるか。著者の説明を読んでみましょう。(1)

    クライアントを獲得すれば即刻利益がもたらされるかもしれないし、かなりの量の将来的利益が見込めるかもしれない。だが利益がどの程度かがわからないので、その大きさや割合を時間的に評価しなければならない。そうやってはじめて、それを潜在的損失と比較することができるようになる。その潜在的損失の中には、友情を失うという結果を算入しておかねばならない。この損失も時間とともに変化するから、その「減価率」も算定しておかねばならない! じつはここで複雑な計算と相対することになる。つまり、二つの異質の結果を比較することを迫られるのだ。その比較がなにがしか意味をもつようにするためには、それぞれの結果をなんとかしてある共通の量に翻訳しなければならない。

    主な選択肢は二つ(会うか会わないか)ですが、選択の複雑さが実感できます(それを強調するために、意図的に長々と引用しました)。

    すべての選択について、厳密に考えて最適な選択肢を考えていこうとすれば、われわれの日常はあっというまにパンクしてしまいます。しかし実際には、まあまあうまく決めて毎日をやりくりできています。純粋理性以外の何かが、われわれの決断を促しているようです。

    ● 感情が、論理的に検討すべき選択肢を絞り込んでいる

    著者はここで「ソマティック・マーカー」というシグナルのようなものの存在を想定します。(1)

    ソマティック・マーカーは、特定の行動がもたらすかもしれないネガティブな結果にわれわれの注意を向けさせ、いわばつぎのように言い、自動化された危険信号として機能する。
    「この先にある危険に注意せよ。もしこのオプションを選択すればこういう結果になる」

    ソマティック・マーカーの実体は、ある種の「感情」です。脳の特定の部位(前頭前皮質)が、身体や脳システムからの信号をまとめ、その結果をわれわれに「感情」として知らせている。著者の考えをわたしなりにまとめると、このようなメカニズムになっています。

    このマーカーによって、われわれは選択肢を絞り込んだり、注意を払って(論理的に)検討すべき選択肢に注意を向けることができています。その根拠として著者が挙げるのが、このマーカーを受け取れなくなってしまった(前頭前皮質を失ってしまった)患者の観察結果です。そういった患者は、きわめて理性的に選択肢を検討できるのに、決断ができません。

    本では、次の来所日を決められない患者の事例が紹介されていました。健常者は「そんな小さな問題をこれ以上検討しても、時間の無駄だ」「自分が時間をかけすぎているから、相手が当惑しているようだぞ」といったマーカーを受け取って検討を収束させるところです。しかしそのマーカーが来ない患者は、あらゆるオプションを検討してしまうために、決断にいたることができないというのが、著者の結論です。

    ● 感情を無視せず、意志決定に活かす

    この研究結果を、われわれの実務上の意志決定にどのように役立てられるでしょうか。

    まず、意志決定における感情の役割を認める必要があります。脳は状況に応じてソマティック・マーカーと著者が命名したシグナルを自動的に発信し、われわれは何らかの感情としてそれを受け取ります。

    これが常に有益とは限りません。人間をパニックに陥れるのもこのマーカーのようです(上述の患者はパニックに陥ることがありません)し、これはわたしの推測に過ぎませんが、行動経済学でいうヒューリスティックも、このマーカーの偏りに起因しているように思えます。

    しかし、このマーカーの受け取りを拒否することはできませんし、脳に傷を負ってこのマーカーを受け取れなくなってしまった(つまり感情を切り離された)「純粋理性人」の患者は、理性的すぎて決断ができなくなりました。

    われわれが考えるべきは、意志決定から感情を切り離すのではなく、このマーカーを積極的に意識し、活用することではないでしょうか。マーカーには学習機能があるそうですので、ひとつひとつの決断を後から吟味し、どのような感情が起きていたかを観察することで、よりよい決断につなげることができそうです。

    感情というと何とも捉えづらいもののように感じます。しかし著者は、感情は視覚や言語と同じく具体的なものであるとしています。より実際的な観察・活用の方法については、感情に関する知能を定義したEQ理論がわれわれの役に立ちそうですので、2010年はこのあたりをテーマに考えていきたいと思います。

    末筆ながら、2009年のご愛読に感謝いたします。


    (1) アントニオ・R. ダマシオ 『生存する脳 ― 心と脳と身体の神秘』(講談社、2000年)

  • 就活生向けに『クリエイティブ・チョイス』講演

    就活生向けに『クリエイティブ・チョイス』講演

    就活セミナーを主催している事業者様にお声がけいただき、『クリエイティブ・チョイス』の講演をしてきました。

  • 034 サンクコスト(埋没費用)に埋没しているアセット(資産)

    ● サンクコストは意思決定の障害

    事業を途中で見直す際に注意すべきもののひとつに、サンクコスト(埋没費用)があります。わが国では政権政党の交代によって国営事業の見直しが行われていますから、この言葉を目にする機会が増えているかもしれません。

    サンクコストとは、すでに支払ってしまった(ので回収できない)コスト。福澤 英弘は、定量分析のすぐれた教科書『定量分析実践講座』で、サンクコストについて次のように解説しています(1)

     将来の意思決定に際して、過去の意思決定に影響を受けてはならない。それはすでにサンクコストとなっている。これからする意思決定により、起こるであろう将来の出来事のみで、評価しなければならない。

    字面だけ読めば当然のようにも思えます。しかし、誰でも「せっかくここまでやったんだから……」という思いは持つものです。実際ニュースなどを見ていれば、この指針に従っているとは思えない意志決定をたくさん拾えます。われわれの意志決定が過去の意志決定との一貫性を重視するほうに偏りがちなことは、行動経済学の知見からも明らかです。

    それを熟知しているに違いない著者は、次のようにクギを刺しています(1)

    「死んだ子の年を数える」という言い方がある。この慣用句、心情的には理解できるが、合理的には無意味な行為だ。

    ●埋没費用に埋没している資産

    もし「合理的」=「経済的」という意味であれば、たしかに無意味です。そして経済的な基準だけで意志決定をしていけるならば、マネジャーの仕事はむしろ楽になるでしょう。

    しかし「合理的」=「理にかなっている」という意味であれば、何をもって「理にかなっている」というべきか、考える必要がありそうです。もし組織の成果が個々人の心情によって左右されるならば、心情的な側面を汲むことこそ理にかなっているという考え方もできるからです。

    そしてもちろん、個人の心情は組織の成果に影響を及ぼします。EQ理論を世界に紹介したダニエル・ゴールマンは、次のように語っています(2)

     モチベーションはきわめて重要である。もしメンバーたちがゴールを大切に思い、ゴールに貢献意欲を燃やしている場合には、彼らはベストを尽くしてゴールを達成しようとする。つまるところ、グループの社会的効果性こそ、いかにグループが業績を達成するかを決定し、各メンバーの個人ごとのIQを上回る成果をあげるのである。結論としては、グループは、グループ内に調和を生み出したときにすぐれた業績を達成する。

    ゴールに向けて活動してきた組織内には、グループ内の調和といった感情資産が蓄積しています。それは目に見えませんし、定量化も困難です。しかしわれわれはそれがより高い成果につながる資産であることを知っていますので、サンクアセット(埋没資産)と名付けておきましょう。

    事業やプロジェクトを見直すときには、サンクコストは無視すべきですが、サンクアセットは無視すべきではありません。サンクコストは値が確定していますが、サンクアセットはプラスのまま次の事業に引き継ぐこともできれば、逆にデット(負債)にもなり得ます。

    たとえばマネジャーは、採算面では厳しくなったプロジェクトを「やりきっておくことが、次につながる」という理由であえて完遂することがあります。「次につながる」などという非常にあいまいかつ主観的な理由は、認められるべきなのでしょうか。

    おそらくマネジャーは、完遂することで得られる達成感や一体感が次のプロジェクトに引き継げると読んでいるのでしょう。それはそれで「理にかなっている」と思います。

    ただし、定量化できない価値を求めるならば、せめて埋没しているアセットを引き上げておくべきでしょう。つまり、得たいアセットを言語化して、当事者間で共有するということです。


    (1) 福澤 英弘 『定量分析実践講座―ケースで学ぶ意思決定の手法』(ファーストプレス、2007年)

    (2) ダニエル・ゴールマン 『ビジネスEQ―感情コンピテンスを仕事に生かす』(東洋経済新報社、2000年)

  • 母校の研究室で『クリエイティブ・チョイス』講演

    母校の研究室で『クリエイティブ・チョイス』講演

    学士および修士課程でお世話になった高分子化学研究室にて、著書にちなんだ講演をさせていただく機会を得ました。

    就職する時点で化学の道に進まなかったことを心苦しく思っていましたが、貴重な機会をいただけたことに感謝しています。