投稿者: Koji Horiuchi

  • 138 失敗は、反省の前に「再現」する

    【反省させると犯罪者になる】

    罪を犯した人に対してすぐに反省させるだけでは、表面的な反省が上手になるばかりで、その人の更正にはつながらない。刑務所で受刑者の更生を支援している岡本茂樹氏は、ご自身の臨床経験に基づいた著書『反省させると犯罪者になります』でそう述べています。

    一般的な社会人の文脈に置き換えれば『仕事の失敗を反省させるとローパフォーマーになります』という感じでしょうか。たしかに職場では「反省すればいいってものではないぞ」なんて小言が飛び交っています。そこで今回はよい反省と悪い反省について考えてみます。

    【「失敗即反省」はあてにならない】

    例えばAさんはセールスパーソンで、自分で立てた売上目標に到達しなかったとします。

    もっとも効果がなさそうなのは、おそらく「もう二度と失敗しない」という「オウム返しの反省」です。決意は重要ですが、ここで考えを止めてしまっては反省とはいえません。次からどうするかと問われたら「がんばります」くらいのことしか言えないだろうからです。

    次に効果がなさそう、というか怪しいのは、「自分勝手な原因の決めつけ」です。失敗を避けるためには失敗の原因を探らねばなりません。きちんと分析すれば、売れない原因は商品知識が足りないせいかもしれないし、価格が高いせいかもしれないし、商品そのものの魅力が小さいせいかもしれません。でもAさんにとっては商品知識をみっちり学び直すのは面倒だし、価格体系の見直しは大ごとです。そこでつい、恣意的に原因を採りあげてしまいます。

    たとえば、自分が解決しやすそうな原因に帰属させてしまう場合。Aさんはトークが好きでかつ上手なだけに、どんな失敗も「言い方」ひとつで克服できると思ってしまいます。

    あるいは、失敗の言い訳がしやすそうな原因に帰属させてしまう場合。Aさんはトークに苦手意識があって、どんな失敗も「言い方」のせいにしがちです。

    どちらの場合も、結果としては「反省を踏まえて」プレゼンテーションの講座を受ける、といった改善案につながります。しかし本当の原因を解消する打ち手でなければ、効果は期待できません。

    【失敗を再現する】

    ではどうするか。岡本氏は、罪を犯した人に対していきなり「被害者の身になって考えろ」ではなく、まず加害者自身のことを考え(感じ)てもらうそうです。たとえば暴力事件であれば、加害者自身が暴力の被害者だったことが多く、暴力という形で発散させてきた自分の否定的感情に気づくのが、真の反省に向けての第一歩だということでした。結果として生じた犯罪でなく、まずは罪を犯すに至った自分を見つめるというプロセスにハッとさせられるものがありました。

    犯罪と仕事の失敗を一緒くたにしては論じられませんが、「反省で重要なのは、失敗にいたる過程を再現すること」と捉えれば、生かせるアイディアのように思います。

    失敗の再現という言葉から、囲碁の検討あるいは将棋の感想戦が連想されました。囲碁や将棋では、対局後に打ち手を再現しながら勝負の分かれ目を確認したり、ここでAでなくBと運んでいたらどうなったかというシミュレーションをしたりします。

    検討や感想戦は、勝負のプロが失敗から学ぶために確立した方法ですから、失敗を(心の中で)再現するのも、反省への有効な道のはずです。

    ファクトを追いながら、失敗をしたときの思考・感情・行動を再現する。何が悪手だったのか、なぜ悪手を打ってしまったのか、次はどうするかを考える。これは心理的にはタフな作業です。だからこそ前述の「自分勝手な原因の決めつけ」をしておしまいにしたくなるのでしょう。それこそ囲碁・将棋のように、くり返し挑戦可能なゲームとして捉えるのがよいかもしれません。

    また検討・感想戦では相手の話を聞くことができます。自分がこう考えていた局面で相手がどう考えていたのかを知ることができるのは、失敗の原因を把握するうえで大きなメリットです。失注した顧客から本音を聞く機会はなかなかありません。ただ継続的な関係を築けている相手であれば、個々の提案は一局のようなものです。対局後の検討を申し込むことは可能でしょうし、相手はむしろ喜んでくれるのではないでしょうか。

  • 137 課題と答えは同時にできあがってくる

    ●課題と答えは同時にできあがってくる

    ボストン コンサルティング グループ日本代表 御立 尚資氏の『使う力』という本を読んでいて、問題解決の勘所がうまく表現されていると感じる表現に出合いました。

    質の高い課題設定が、「使う力」の発揮しどころ

    (略)今何が問題になっていて、何に対して答えを出さなければいけないのか、ということを正確につかむのは、意外と難しい。
    (略)実際の「頭の使い方」としては、課題の仮説と、答えの仮説の両方を行ったり来たりしながら、課題自体を固めていくというプロセスになる。極端な言い方をすると、課題と答えは同時にできあがってくるのだ。これも大事なコツだ。

    「大事なコツ」を「極端な言い方」で伝えるのはなぜか。著者の心情を勝手に推測すると、こんなところでしょうか。

    「誤解されそうだが、コツとして覚えておくにはぴったりの表現がある。ここまで読んでくれた人なら真意を理解してくれるだろうから、あえて紹介しよう」

    そもそもコツというのは言葉では伝えきれないものを含むので、感覚的な言い方になることが多いものです。文脈を十分共有していない人からすると極端な言い方と感じる言葉もあるでしょう。わたしが身を置いている学びの現場でも、新しい概念を参加者同士が自分の言葉で言い換えていく中で「テキストを読んでもよく理解できなかったけれど、あなたの言い方を聞いて初めて腑に落ちた」といったことが実際に起きています。

    そこでこのノートでは、「課題と答えは同時にできあがってくる」というコツについての、わたしなりの解題をしておきたいと思います。

    ●問題と答えの間に課題を置く

    冒頭の引用文には、問題と課題という言葉が使われています。辞書ではしばしば循環的に参照される、つまり互いに互いを定義しあっている言葉で、一般にもそれほど厳密には区別されていません。

    でもニュアンスの違いはあります。たとえば会社の決算説明会で、社長が「当社の経営課題は?」と言うことがあります。「当社の経営問題は?」とは、まず言いません。前者は解決される見込みがすでに立っていそうですが、後者は五里霧中な印象です。

    問題解決の分野では、問題と課題の間には割合はっきりとした区別があります。流派?によって違いはあるものの、わたしなりにひらたく定義すればこうなります。

    • 問題は、本来こうあってほしいのに、現状はそうでないという気持ち。
    • 課題は、こうあってほしい姿に近づくために乗り越えるべき壁。
    • 答えは、壁を乗り越える最善のやり方。

    問題解決といっても、売れないという問題を直接解決するわけではないところがミソです。大事なコツを極端な言い方で伝えるやり方にならって言えば、「問題は解決できない」のです。

    たとえば「売れない」のが問題であれば、分析をして原因を考えます。それが「接客の悪さ」らしいとなれば「接客を良くする」という課題を設定し、「社内勉強会」という答えを実行するでしょう。問題・課題・答えの三者はこのような関係にあります。

    論理的には前から、つまり問題→課題→答えと進むべきです。しかし実際には分析すべき事象が大量にあったり、論理的には最善の答えが見つかっても実現可能性に乏しかったり、とても時間のかかるプロセスになりがちです。

    著者のアドバイス『実際の「頭の使い方」としては、課題の仮説と、答えの仮説の両方を行ったり来たりしながら、課題自体を固めていく』は、それを踏まえてのものです。つまり次のようなシナリオが現実解として機能しそうかどうか、双方向の流れをチェックしながら課題と答えを収束させていこうということです。

    問題の解決(売れる?) ←→ 課題の仮説(接客の改善?) ←→ 答えの仮説(社内勉強会?)

    このような思考の流れを一言でイメージさせてくれる言葉だとハッとさせられたのが、「課題と答えは同時にできあがってくる」だったのでした。

  • 136 「ありがとう」の伝染力

    【感謝されると親切心が倍増する】

    『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(1) を書いた、ペンシルベニア大学ウォートン校教授のアダム・グラントは、2010年にハーバード大のフランチェスカ・ジーノ准教授とともに、「小さな感謝は遠くまで届く:なぜ感謝の表現は向社会的行動を動機づけるのか」という論文を発表しています(2)

    ストーリー性のある面白い論文なので、順を追って紹介します(といっても4つの実験の前半の2つだけですが)。

    69人の被験者はそれぞれ、エリックという人物からメールを受け取ります。就職活動に必要な書類の一つであるあいさつ状(以下カバーレター)のレビューを依頼する内容です。被験者がレビューを返信したあと、エリックはその返信でさらにもう一通のレビューを依頼します。

    ただし冒頭部分は同じではありませんでした。被験者の半数には1回目のレビューに対する感謝の言葉が述べられていたのに対し、残りの半数にはただ中立的な言葉が添えられていました。

    結果はどうなったか。エリックから感謝の言葉を受け取った被験者の66%が再依頼に応じたのに対し、感謝の言葉がなかったグループは32%しか応じませんでした。

    もちろん感謝の言葉があった方が再依頼に応じてもらいやすいだろうとは思いましたが、なんとダブルスコアとは。

    グラントらは、再依頼に応じる動機についても調べています。というよりも、こういった親切(向社会的行動、prosocial behavior)の動機について調べることが本来の目的でした。

    その結果、たんに感謝されて気分がよくなったため、あるいは自己効力感(セルフ・エフィカシー / self-efficacy)が高まったため、というよりは、社会に価値を認められているという感覚(social value あるいは social worth)が高まったためだという結果が得られました。

    【感謝は伝播する】

    さて実験の翌日、被験者はさらにスティーブンという人物からメールを受け取ります。内容はエリックと同じ。さて結果はどうなったか。

    前日感謝された被験者の55%が依頼に応じたのに対し、感謝されなかった人は25%しか応じなかったというのです。

    前日エリックに感謝されて、被験者の社会的価値感は高まりました。その感覚が日をまたいでも残っていて、スティーブンスの依頼への応答率の高さとなって現れたということでしょう。

    【ありがとう効果】

    親切に対する感謝の言葉は、日を超え、人を介して、親切を伝播させる。「ありがとう効果」とでも命名したいですね。

    実験の前半部分を読んで考えたのは、この知見が、感謝する際の言葉選びにもヒントをくれているということです。

    たとえばエリックが「的確な添削ですね!語彙や文法の知識がすごいです!」と書いたとしたら、これは能力をほめる言葉です。相手のセルフ・エフィカシーに訴える言葉です。

    これも十分よい感謝の言葉です。ただ、第三者への親切をうながす(向社会的行動に向けてより強い動機づけとなる)という観点からは、相手の社会的価値を認める言葉、たとえば「困っていたので助かりました!」「あなたに頼んでよかったです」の方が効果的なようです。

    社会的価値を感じるとは、平たく言えば「居場所があると感じられる」ということでしょう。マネジャーとして部下に感謝の言葉をかけるなら、部下がそのように感じられるよう、組織の中で果たしてくれた役割(あなたがいてくれてよかった)について言及したほうがよいと言えそうです。

    後半部分で気になったのは、エリックに感謝されなかったグループは、スティーブンスに対する応答率がエリックの2回目の依頼に対するそれよりも下がっている(32% → 25%)点です。

    母数が69人と少ないなかでの7%、おそらく実数では4人程度の違いでしょう。あまり深読みするべきではないでしょうし、論文でも特に言及されていませんでした。

    しかし仮に、エリックからの感謝の言葉の欠如がスティーブンスへの親切心を削いだのならば、「ありがとう効果」にはもう一つの意味が生じます。

    「感謝の言葉は社会に親切を広げる」効果だけでなく、「感謝の言葉の欠如は社会から親切を削り取っていく」効果もあるということです。

    根拠もない中で想像をたくましくしてもしかたがありません。すくなくとも感謝の言葉を絶やさなければ、マイナスの効果があったとしても生じないわけです。

    ……こう書いてくると、安直だと思いつつもオチはこの言葉以外ありません。

    ここまで読んでくださったことに感謝します。ありがとうございました。


    (1) アダム・グラント 『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房、2014年)

    (2) Grant, Adam M. & Gino, Francesca. (2010). A little thanks goes a long way: Explaining why gratitude expressions motivate prosocial behavior. Journal of Personality and Social Psychology, Vol 98(6), 946-955.

  • 135 多くを変える一つの習慣

    『習慣の力』は、小さな習慣の大きな力を証明した本です。なかでも印象的だったのは、アメリカのアルミ製造大手アルコア社の業績回復を採りあげた第4章「アルコアの奇跡――会社を復活させた、たった一つの習慣」でした。

    著者チャールズ・デュヒッグは、経営再建を任された新CEOのポール・オニールが、一見すると業績に直結しそうもない安全管理の徹底にこだわったことに注目しています。実際にオニールは、社員が怪我をしたら24時間以内に改善案を報告するように求めました。この小さな習慣の徹底が、他の業務の改善につながっていったのです。

    ほとんどの人は気づかなかったが、怪我人ゼロという目標は、アルコア史上もっとも大きな改革につながったのだ。社員を守るためには、まずなぜ怪我をするのか、その理由を突き止めなければならない。そして怪我の理由を知るには、製造過程にどのような欠陥があるのかを理解しなければならない。そしてそのためには社員を教育し、品質管理と効率的な手順を徹底する必要がある。それができればすべてが楽にできるようになる。正確に作業することこそが安全につながるのだ。

    これらの改善はその年のうちに業績に反映され、オニールが引退するまでには同社の年間収益は5倍になったとデュヒッグは記しています。

    こういった事例を目にすると、分析的な問題解決手法の限界を感じてしまいます。業績が悪化しているという事象を分析し、原因を追及していっても、「安全管理の不徹底が業績悪化の真因である」とはならないように思うのです。実際、安全管理を徹底したら業績が上がったというストーリーに意外性があるからこそ、著者は「アルコアの奇跡」とまで呼ぶのでしょう。

    著者は「それを変えることで多くの変化をもたらす習慣」をキーストーン・ハビット(要の習慣)と呼んでいます。たった一つの習慣が、多くを変える。この考えはとても魅力的です。ただ残念なことに、400ページ近い大著であるにもかかわらず、キーストーン・ハビットの見つけ方は提示されていません。

    そこで本書の他の箇所や自分の知見をもとに、キーストーン・ハビットを見分ける基準をいくつか考えてみます。

    • その習慣は、当事者が意欲的に改善を願うものである
    • その習慣は、習慣化したときのイメージがありありと思い浮かべられるものである
    • その習慣は、小さく始められる具体的なものである
    • その習慣を徹底するためには、結果的に多くの習慣を変えていかねばならない
    • その習慣は、改善度合いをモニターできるものである
    • その習慣は、問題の結果からも真因からも遠い

    最後の項目はわかりづらい表現なので解説します。たとえばいま業績不振が問題というとき、売上や利益といった結果指標には、それが結果であるがゆえに、手が付けられません。また問題の真因と見なされる要素(戦略の不全など)も、しばしば構造的なものであり、直接手を付けるのは大変です。探している、多くの変化をもたらす小さな習慣は、両者の中間にあるべきでしょう。たとえばオニールの着目した「安全」は、製造プロセスなどさまざまな原因の結果として存在し、かつ各種業績や会社の雰囲気などさまざまな結果の原因ともなっています。

    ……上記を身近な事例にあてはめて考えてみましたが、残念ながら、ずばり「これがキーストーン・ハビットの見つけ方だ!」という感じがしません。それはそうですよね。それがわかれば、わたしは第二のオニールとして活躍していることでしょう。

    ただあえていえば、キーストーン・ハビット探しはシナリオ・プランニングのステップに似ているように思います。

    1. 決定を下すべき問題は何か?(Focal Issue)
    2. その問題を解決する、鍵となる因子は何か?(Key Factors)
    3. その因子の推進力は何か?(Driving Forces)
    4. 重要だが不確実性の高い因子・推進力は何か?(Critical Uncertainties)
    5. その因子・推進力の変化を核としたシナリオロジックを2、3作る(Scenario Logics)
    6. そのシナリオロジックを物語に仕立てる(Scenarios)
    7. その物語の意味(戦略への影響)を読み取ると?(Implications)
    8. シナリオをチェックしていくための先行指標・道標は何か?(Early indicators)

    シナリオ・プランニングのステップ*ListFreak

    どちらも、将来像をありありと描いたうえで、その将来像の実現の鍵となる因子を探します。キーストーン・ハビットは、この鍵となる因子のそばにあるはずです。

  • 134 能力(アビリティ)と実現力(ケイパビリティ)

    ● 組織の能力は資源+プロセス+優先事項

    ハーバード・ビジネス・スクールで教鞭を執るクレイトン・M・クリステンセン教授は、講義の最終日に、教えてきた経営理論を自分の人生にあてはめて考えさせているそうです。

    その講義が本になりました。『(企業経営の)理論の助けを借りることで、より的確に自分の人生を検証し、改善することができる』という著者の信念を反映して『人生をどう測るか?』(邦題『イノベーション・オブ・ライフ』)と題されています。

    モチベーション理論から経営戦略に至るまで、おそらくは講義の中で教えてきた理論を縦横に紹介し、それが個人の人生にどう役立ち得るかを解説しています。

    その中に、能力についての章がありました。教授はまず企業の能力(できること、できないことを決定する要因)を「資源」「プロセス」「優先事項」の3つに分類します。

    • 【資源】 人材・設備・技術・製品設計・ブランド・情報・資金・取引先との関係など
    • 【プロセス】 資源を、さらに価値の高い製品・サービスにつくりかえる方法。製品開発・製造・市場調査・予算策定・従業員の能力開発・報酬決定・資源配分など
    • 【優先事項】 企業の意思決定方法を定め、企業が何に投資すべきかについて指針を与える。どんな階層の従業員も、優先順位づけの決定を行う

    企業の能力モデル(クリステンセン)*ListFreak

    ここで能力と訳されているのは capability(ケイパビリティ) という言葉です。能力(ability、アビリティ)の類語の中では「成果を挙げられる能力」というニュアンスの強い言葉で、「実行力」、あるいは強めに訳して「実現力」という感じでしょうか。参考までに、資源・プロセス・優先事項はそれぞれ resources, processes, priorities です。

    教授はこの枠組みを自分自身や家族(たとえば子ども)に当てはめてみようと提案します。

    『わたしたち人間を、企業と同じように、資源とプロセス、優先事項の組み合わさったものと考えるのは、違和感があるかもしれない。だがこれは、わたしたちが人生で成し遂げられること、手の届かないことを知るための、洞察に満ちた方法なのだ。』

    ● 組織の能力モデルを個人に当てはめる

    この枠組みを個人にあてはめるときには、さきほどのケイパビリティとアビリティの違いを意識する必要があります。

    たとえば、社会人の能力を捉えるときに「知識・スキル・意欲」あるいは「知識・スキル・態度(Knowledge, Skill, Attitudeの頭文字を取ってKSA)」という、枠組みが使われます。これらはアビリティの話です。

    ざっくり整理すれば、アビリティは個人に内在化された能力に注目しているという点でインプット視点であり、教授の枠組み(ケイパビリティ)は結果として残される成果を挙げるために必要な要素を考えるという点でアウトプット視点です。

    まずは資源と知識を比べてみましょう。資源という言葉は「成果を出すために必要なものを持っているか/手に入れられるか?」という結果(アウトプット)の視点から生まれた言葉です。したがって知識だけでなく性格や人脈なども資源に含まれます。しかし「人の能力(アビリティ)とは何か?」という視点から考えると、生まれながらの資質(性格)や外部環境(人脈)は能力と呼べるのかという問題が生じます。そこで、能力といった場合、通常は知識のような後天的に内在化できる要素に限定します。

    実社会では、生まれつき見栄えがいいとか、親の人脈に頼れるとか、さらには特定の人種であるとか、アビリティとは言いがたい要素が成果に影響を及ぼします。教授が『人間を、企業と同じように(略)考えるのは、違和感があるかもしれない』と言う、その違和感は、結果から考えるアプローチが個人のアビリティではどうしようもない、場合によっては政治的に正しいと言えない部分までをも、浮き彫りにするからかもしれません。

    しかしそれでも、『これは、わたしたちが人生で成し遂げられること、手の届かないことを知るための、洞察に満ちた方法なのだ』という意見には賛成です。ケイパビリティを客観的に見つめてこそ、何のアビリティをどれだけ伸ばすべきかが見えてくるというものです。

    プロセスとスキルは意味合いが近いので比較を省略し、優先事項と意欲について考えてみます。このペアも、ケイパビリティとアビリティの違いを感じさせてくれます。

    成果をインプット側からとらえる(アビリティで考える)と、漏れが生じがちです。たとえば「意欲はあるのに集中力がなくて成果が出ない人もいる」という反論が出ます。

    アウトプット側からとらえる(ケイパビリティで考える)とは、資源とプロセスが整ったならば、あとは重要なことに集中するという優先順位づけができればOKと考えることです。意欲はその判断基準を明らかにしたり粘り強く取り組むエネルギーを与えてくれたりするインプットの一つにすぎません。極端に言えば、優先順位づけが厳格な規律あるいは罰への恐怖によってもたらされるものでも、かまわないのです。
    (実際には、長期的かつ一貫性のある優先順位づけを個人にもたらす源は、押しつけられた規律や罰への恐怖ではないことがわかっています。本書でも前半にその理論が紹介されています)

    ここまでのまとめとして、組織でも個人でも使えるような、実現力(ケイパビリティ)の要素を再定義しておきます。

    • 【What】 成果を挙げるための資源
    • 【How】 資源から成果を産み出すプロセス
    • 【Why】 成果の定義と成果を挙げるための優先順位づけ

    実現力(ケイパビリティ)の構成要素*ListFreak

    What/How/Whyというキーワードは、原著から採りました。またWhyには「成果の定義」という言葉を加えています。個人の場合には、成果の定義は多様です。「生活を楽しむこと」が期待成果であるならば、「資源がなくても楽しく暮らす」というプロセスを磨く(それ自体も楽しむ)ことが実現力向上への一つの道です。

    ● まずは実現力、次に能力

    対象が組織であれ個人であれ、能力開発の手順は次のようであるべきです。

    0. 期待する成果を明らかにする
    1. 自社(自分)の実現力を客観的に評価する
    2. 開発すべき能力を特定する

    振り返ってみると、1のステップは単純に辛いので、つい飛ばしがちであることに気づきます。能力を筆頭に、足りないものが見えすぎてしまうのです。教授はこのように述べています。

    これらの能力(ケイパビリティ)を総合的に考えることは、企業に何ができるのかを、そしておそらくより重要なことに、何ができないのかを分析するうえで、欠かせない。

    (カッコ及び太字は引用者による)
  • トークセッション「EQを伝える」

    EQプロファイラーの勉強会において、「EQを伝える」と題したトークセッションのファシリテーターを務めました。

  • 133 1日を“都合よく”振り返る

    ● 1日を振り返る目的

    「成功をつくり出す10の質問」という英語のリストを見かけました。『1日の終わりにこれらの問いを投げかければ、成功により近づくことを私が保証しよう』という前置きが付いています。

    このタイトルと前置きだけで奮い立つ人もいると思いますが、「私は、~したか?」という問いを10個も並べられると、わたしは何か気圧されてしまいます。

    1日の終わりに使うリストとしてはキツいなと思ったので、日本語らしく主語を外し、文末も句点に変えました。これで、少しつぶやく感じが出ます。タイトルも、ニュートラルな「1日を振り返る10の問い」として翻訳したものを引用します。

    1. 大切にしている人たちが大切にされていると感じているか、確かめたか。
    2. 世界を善くする何かをしたか。
    3. 自分の体をより強くしなやかにするように整えたか。
    4. 将来の計画を見直し、磨きをかけたか。
    5. 独りのときでも、人に見られているときと同じように行動したか。
    6. 不親切な言動を避けたか。
    7. 価値のある何かを成し遂げたか。
    8. 恵まれていない人を助けたか。
    9. 素晴らしい思い出を作ったか。
    10. 生きているという驚くべき贈り物に感謝したか。

    1日を振り返る10の問い*ListFreak

    それでも内容的の厳しさからは逃れられません。たとえば、1日を振り返って「世界を善くする何かをしたか。」に向き合うとしましょう。今日は1日中外回りで、しかも成果がなかった。世界の持続可能性が疑われている今日、先進国で生きているだけで世界を悪くしているのでは……なんて考えると、「はい」と言うなんて無理!という気がしてきます。

    しかし、自分を痛めつけるために振り返るのでは意味がありません。たとえば、客観的に考えた結果、自分には生存価値がないという結論になったら、死ぬべきか。ここでは「もちろんそうではない」という立場を採ります。われわれは誰しも生きるに値する。これが思考の前提です。

    1日を振り返るなら、死なずにすむだけの価値を自ら見いだせるものでなければなりません。もし厳密に客観的に振り返ることで、自分が成功(であれなんであれ、本人がありたいと思う状態)から遠ざかるばかりだとしか思えないのなら、客観的に振り返るのが間違っているとすら思います。
    1日を振り返る目的は、今日がどんな日であっても一区切りを付け、明日を生きる意欲をつくり出すためなのです。

    ● 振り返りのステップ

    「1日を振り返る10の問い」は、言ってみれば「何を振り返るか」のリストです。ここでは、それを「どう振り返るか」という観点から、このリストを自分のためにカスタマイズズす方法を考えてみます。

    振り返るのは行動で、その行動を促すのは期待です。とすると、1日のリズムはこのように捉えることができます。

    1. 期待する
    2. 行動する
    3. 振り返る

    3.の振り返りは、実際には2つの小ステップからなっています。「行動の結果を評価する」ことと、「結果についての理由づけをする」ことです。

    まず「行動の結果を評価する」から。評価は、基準によって変わります。今日成果が出なかったという結果は、「失敗」とも言えます。将来への種まきができた、あるいは学習の機会が持てたと考えれば「成功」とも言えます。

    この点で、たとえば「世界を善くする何かをしたか。」のような、答え手の楽観性に依存する問いには工夫が必要です。小さな結果であっても「世界を善くすることにつながるかも!」と考えられる人もいれば、そうでない人もいます。ちなみにわたしは楽観性を測定する検査のスコアが低めなので後者です。

    先の理屈に従えば、自分の1日の行動で世界が善くなったかどうかを客観的に証明する必要はありません。であれば、後者のタイプの人は「今日やったことの何が、世界を善くすることにつながり得るか」といった、強制的に行動の意味をつくり出す質問がよいように思います。とはいえ自己満足で終わってはいけないので、「さらに善くできたとしたら、それはどうやってか」といった一文を加えておきましょう。

    次に「結果についての理由づけをする」について。これについては次のようなリストが使えます。

    • 内外軸(内的/外的):原因を自分に帰属しがちか、自分以外の何かに帰属しがちか
    • 時間軸(永続的/一時的):同じような状況では、いつでもその原因が同様の結果を繰り返しもたらすと考えがちか、それとも違う可能性が高いと考えがちか
    • 空間軸(全体的/部分的):その原因が他のあらゆる局面にも関わると考えがちか、その特定の状況だけに限定されると考えがちか
    • 可能軸(固定的/可変的):ある結果の原因を自分でコントロールできないものに帰属しがちか、コントロールできるものに帰属しがちか

    因果関係のとらえ方のクセを測る4つの軸*ListFreak

    抑うつ傾向のある人は自分の失敗を内的・永続的・全体的・固定的な原因に帰属しやすいことが知られています。抑うつ傾向のある人のほうが事象を客観的に評価する力が高い(平均的な人は客観的に評価すると「自分に甘い」)といいますので、客観的な分析のためには、すこしネガティブに考えるくらいがちょうどいいようです。

    とはいえ、客観的な分析が振り返りの目的ではないとすると、成功失敗の理由づけにはけっこう個人差があること、違う理由づけのシナリオもいろいろあり得ることを心に留めておくとよいと思います。

    たとえば今日の失敗を、「自分の弱気のせい」で「いつもこうなってしまう」うえに「この弱気が他の失敗をも引き起こす」のだが「自分にはどうしようもない」と捉えると、もはや打つ手がありません。同じ結果になっても「自分の弱気が悪い」という理由づけにならない人もいることに思いをめぐらせられれば、この4つの軸から新しい理由づけに挑戦することができるはずです。

    ● 振り返りがうまくいったかどうかを測る、シンプルなものさし

    上記のような観点で「1日を振り返る10の問い」を、あるいは任意の振り返りのリストを、ブラッシュアップしたとします。結局のところ、振り返りがうまくいったかどうかは、シンプルな基準で測れます。それは前段のリストの1、つまり明日への期待が持てるかどうかです。

    もし振り返り終えて心が整理され、明日を楽しみにベッドに入れるならば、それが報酬となり、振り返りは習慣化できるでしょう。

    振り返っても明日への期待が湧きそうにないなら、ポジティブ心理学で効果がうたわれている3goods、すなわちよいこと(だけ)を3つ思い出して書き留めるアプローチのほうが、ここで定義した振り返りの目的にかなっています。

  • 132 探る、聴く、乗る、導く

    ●打診、傾聴、協調、主導

    人は社会や人間関係の中で特定の「役割」を演じている。これは広く共有されている発想です(参考:ウィキペディア)。個人の特性によって人間関係の中で自然と役割が定まる(例:あの人はいじられ役だ)場合もあれば、意識して特定の役を演じる(例:あの場では、あえて憎まれ役を演じた)場合もあります。
    先日読んだ『正直シグナル―― 非言語コミュニケーションの科学』では、主な社会的役割を4つ挙げていました。

    • 打診(Exploring) … 可能性を探る、関心を伝える
    • 積極的傾聴(Active Listening) … オープンに情報を求める
    • 協調(Teaming) … 共感する、支援する
    • 主導(Leading) … 主張する、主導する

    社会的役割(ペントランド)*ListFreak

    なるほど、主要な社会的役割というだけあって、どれも人間関係に欠かせないように思えます。すこし詳しく吟味する前に、言葉の意味を補っておきます。そのまま引用できる箇所がなかったので、わたしの解釈が含まれていることをおことわりしておきます。

    「打診」の原語である”Exploring”は、探検する・探究するという意味です。したがって「打診」役は、わかっている事実は何か、それについて各人はどんな関心をもっているかを場に問いかけ、共有します。
    「積極的傾聴」役は、自分の意見を脇に置き、話し手に関心を示すことによって話し手の意見を引き出します。
    「協調」役は、話し手の感情への共感・意見への支援を表明します。
    「主導」役は、自分の意見を主張し、場をリードします。

    会議のシーンで、これらの役がどのように演じられているかを考えてみます。

    まず、一人一役ではありません。メンバーの力関係がフラットであれば、互いの役がめまぐるしく入れ替わるでしょう。ある人が「主導」役に立って解決策を提案するとき、他の人は「傾聴」役に回ります。賛成の人は「協調」役として支援を示すでしょう。賛成できない人は新たな可能性の「打診」役や別の意見の「主導」役を演じるはずです。沈黙によって消極的な「協調」役を演じてみせる人もいるかもしれません。

    さらに、一人は複数の役を組み合わせても演じます。場の関心を探るために仮の提案をする人は「打診」と「主張」をしています。誰かの意見に強くうなずいてみせる人は「積極的傾聴」と「協調」をしています。
    これらの役割と、うまくいった会議やいかなかった会議の思い出を組み合わせて考えてみると、「一人一人がこの4役を演じる」ことが、健全な合意形成のために必要だと言えそうです。

    たとえば「主導」ばかりの上司と「傾聴」「協調」しかしない部下が会議を開いても、行われるのは議論ではなく通達でしょう。話を広げるけれど結論に向かわない人は、「打診」はしていても「主導」をしていません。「傾聴」しない人は、ただの言いっ放しです。

    ●結果に意識を向け、あとは意識下にまかせる

    こういった役割を演じている人は、発している言葉とは別に、役割に応じた非言語のシグナルを発しています。シグナルとは、たとえば声の強さの変化であったり、相手の仕草の真似(ミミクリ)といったことです。われわれは意識下でそういった非言語シグナルをやりとりしながら人間関係を作っています。それが、『正直シグナル』の著者からのメッセージでした。

    たとえば、人は「協調」役を演じているときには、ミミクリが増えます。「主導」役ではミミクリは減り、諸活動のレベルが高まります。
    ということは、社会的役割と非言語シグナルの対応を整理し、シグナルを上手に発する練習をすることで、われわれは人間関係の構築能力を高められることになります。
    では、たとえば会議の場で「協調」上手になるためには、ミミクリの練習をし、無意識のうちにできるように鍛え上げるべきなのでしょうか。

    それも一つの方向ではあります(実現できるかどうかわかりませんが)。しかし、もしある人が生活や趣味の場を含めた社会生活の中でふつうに人間関係を築けているならば、その人には、十分な非言語シグナルの送信能力がすでに備わっているはずです。

    おそらくするべきは、会議中に「協調」役を演じる機会を増やす態度で望むことでしょう。その態度に嘘がなければ、われわれの優れた非言語コミュニケーション能力がたちまちミミクリのようなシグナルを発し、相手もそれを受け取るはずです。
    ということで、4つの役割を会議の場で思い出せるよう、少々意訳しつつ動詞に置き換えてみます。

    探る(さぐる)、聴く(きく)、乗る(のる)、導く(みちびく)。最初の一文字を取ると「さ・き・の・み」です。会議に参加するときに、メンバーがこれら「さ・き・の・み」の役割をどのようにこなし合っているかに注意を向けてみたいと思います。

  • 131 スターエピソード

    ●地頭力を擁護する

    「地頭力」試すのは時間の無駄だった グーグル人事責任者、衝撃の告白』(J-CAST)という記事を読みました。核心部分を引用します。

    「飛行機の中にゴルフボールをいくつ詰め込めるか、マンハッタンに給油所は何か所あるか。完全に時間の無駄。こんな質問では何の予測もできない」
    NYTの2013年6月19日付インタビューにこう答えたのは、グーグルで人事担当の上級副社長を務めるラズロ・ボック氏。グーグルがこれまで実施してきた採用試験の方法論を真っ向から否定する発言だ。
    さらにグーグルの広報担当者は米ABCニュースの取材に、試験内容を変更すると認めた。入社希望者から不評をかっており、何よりも「この種の質問を解き明かす力と、将来業務で発揮できる能力やIQとの関連性に疑問が生じた」のが大きな理由だと答えた。

    興味を持ったので、その「米ABCニュースの取材」と「NYTの2013年6月19日付インタビュー」を読んでみたところ、日本語メディアの解釈とはすこし違う印象を持ちました。

    NYTの記事を読んでみると、ボック氏は上述の発言に続けて、よく練られた行動面接(後述)のほうが、質問を個々の面接官に任せる(”having each interviewer just make stuff up”)よりも有効だったと述べています。

    どうも、今までの面接は「よく練られた」ものではなかったようです。もし、何を問うかも回答から何を読み取るかも面接官任せであったとしたら、質問の内容以上に面接のプロセスに問題があったように思います。

    ボック氏はインタビューの終盤で、職務経験を問えない新卒を採用するにあたっては「あきらかな答えが無い問題の解決に好んで挑む人が欲しい」(You want people who like figuring out stuff where there is no obvious answer.)と述べています。これはまさに「飛行機の中にゴルフボールをいくつ詰め込めるか」式のクイズで推し量れることではないでしょうか。ただし面接官には、回答の正誤よりも問題に取り組む態度を観察するよう、面接プロセスをよく練らなければなりません。

    ABCの記事に書かれているとおり、この手のクイズは良問の在庫が限られています(これについては採用側の発想力の限界こそが問われるべきかもしれません)。問題のタイプが有限ならば事前に解き方を考えておくことができるため、「あきらかな答えが無い問題の解決に好んで挑む人」かどうかを推し量ることが難しくなってしまいます。

    ですからクイズ一本槍の、しかも現場任せの面接を中止する判断は妥当だと思います。しかしその事実をもって、この手のクイズが有効でないとまではいえないでしょう。

    ●経験を語る

    一方、有効性が確認されたという「よく練られた行動面接」とはどのようなものでしょうか。行動面接では、過去の具体的な行動をたずねます。もし学習能力の高い人を欲しているのであれば「あなたは勉強が好きですか?」「ウチに来たら勉強してもらうことがたくさんありますが、大丈夫ですか?」と聞くかわりに、「仕事の環境が激変して一から学び直さなければならなかった経験があれば、それについて話してください」と聞きます。
    行動面接(behavioral interview)で検索すると、回答のコツとして次の4つの要素を含めるべきという記事がたくさん見つかりました。

    • [S]ituation – 状況(具体的な状況)
    • [T]ask – 仕事(その状況でなされなければならなかった仕事)
    • [A]ction – 行動(自分が取った具体的な行動)
    • [R]esult – 結果(その行動の結果起きたこと)

    行動面接の回答に含めるべき4つのポイント(STAR)*ListFreak

    平時に読むと「言わずもがな」に感じられますが、面接の最中に思い出すためのリストならば、4つでも多いくらいですね。日本語で頭字語を作っておいた方がよいかもしれません。

    ボック氏は「分析が困難な問題を解決した経験について語ってください」という例を挙げたうえで、このような問いかけからは2つの情報が得られると述べています。

    一つめは「回答者が現実の問題にどう向き合ったか」という情報です。これは回答そのものです。もう一つ、価値ある情報として「どのような問題を困難と見なすのか」という回答者のものの感じ方を挙げています。

    なるほど、「よく練られた」質問です。人間関係の問題に突っ込んでいくのを苦手とする人は、人間関係の話題を困難な問題として挙げるでしょう。一方、人間関係上の問題解決をまるで苦にしない人もいます。話題の選び方によって、その人の強み弱みを推し量ることができるわけです。

    さらに、注意深い質問だと感じたのは「もっとも最近の」や「もっとも困難な」といった、経験を1つに絞る基準を与えていない点です。そういう制約条件がないので、話題を自由に選択できます。面接官は「もう1つ、エピソードをお願いできますか?」と聞くことで、回答者のものの感じ方をさらに詳しくつかむことができます。

    回答者側からすると、STAR以前の準備として、どのような経験を選ぶかということが重要になってきます。

    ●スターエピソードを選び、磨いておく

    わたしは転職の予定こそないものの、講師として必要に応じて経験談を披露しなければなりません。その意味では毎回参加者から面接を受けているようなものです。しかも、場にいる一番の若手が自分で、参加者のほうがはるかにビジネス経験が豊富であることもあります。

    そんな状況をどうやってしのいできているかを振り返ってみると、数少ない経験を反芻して、1つの経験からいく通りかの学びを引き出していると言えそうです。STARにひっかけて命名すると「スターエピソード」をいくつか持っています。

    あたり前ですが、一つの経験の中にはいろいろな側面があります。リーダーがいて、メンバーがいて、お客様がいて、資源の制約があって、対人トラブルや一体感が生まれる瞬間があります。同じ聴衆に何回も話をするのであればそれなりに材料も豊富に用意する必要がありますが、採用面接や企業研修の場であれば、事例のバラエティはそれほど重要ではありません。限られた経験であっても、目的にふさわしい切り口で取り出せればよいのです。

  • 130 ぬかるみに藁を敷く

    ●ぬかるみに藁を敷く

    先日、ある外資系企業の人事担当マネジャーと話をしていて、「どの会社でも、マネジャーを採用する際に必ず聞くであろう経験談は何か?」という話題になりました。

    経験談を聞くのは、特定のスキルを確認したいからです。とはいえ「○○のスキルはありますか?」「はい」では判断できないので、経験談を聞くわけです。つまり先述の話題は、換言すれば「業界や職務を問わず、およそマネジャーというポジションに期待する核となるスキルは何か?」という問いについて考えていたことになります。

    いくつか挙がった中に「コンフリクト・マネジメント」がありました。コンフリクト・マネジメントとは、感情の絡んだ難しい対立を解消し、できれば発展的な解決を引き出すことといえばよいでしょうか。そんな話をしながら、お坊さんの書いた本を思い出していました。

    平和運動家として知られる僧侶ティク・ナット・ハンの『ビーイング・ピース』という本に、こんな記述があります。
    『過去二千五百年の間に、仏教の寺院のなかで、「和解のための七つの実践」と呼ばれる方法が発達しました。このようなテクニックは、僧たちの集団での諍いを解決するために形成されたものですが、私たちの家庭、社会でも、役に立つのではないかと思います。』

    ここでいう諍いとは、二人の僧が対立し、当事者同士では和解できない状態を指します。お坊さんもやっぱり諍いを起こすし、しかも方法論が発達するほどに多いのかと、意外に思いつつも安心してしまいます。

    1. 【対面して坐る】二人の僧は、対面して坐り、呼吸し、いかにむずかしくても、微笑をします。共同体の全員も、戦う気持ではなく、役立とうという気持で坐ります。
    2. 【思い出す】争いのいきさつの全体を、それと関わりのある細部のすべてにわたって、思い出そうとします。
    3. 【強情でない】二人のどちらもが、和解と理解のための気持をもって、全力をつくします。共同体はそれを期待していることを雰囲気で示します。
    4. 【ぬかるみに藁を敷く】尊敬を受けている先輩の僧が、一人ずつ選ばれてそれぞれの側に立ち、相手が良い感じを持つような言い方で、彼が代表する僧を庇護する言葉を述べます。
    5. 【自発的に告白する】二人の僧が、おのおの、みずからの欠点を明らかにします。共同体は、二人を励ます気持を持ってそれを聞きます。先輩僧は、共同体の幸せがもっとも重要であることを二人に想い起こさせます。
    6. 【全会一致によって決定する】この問題についての委員会が評決を提案します。委員会は三度にわたって共同体の全員に異議のないことを確認します。
    7. 【評決を受け入れる】評決がどのようなものであれ、二人の僧がそれに従うこと、さもなければ共同体から出てゆかなければならないことが、事前に合意されています。

    和解のための七つの実践*ListFreak

    【ぬかるみに藁を敷く】に強い印象を受けました。内容もさることながら、この項目だけ比喩になっていて、しかも実にイメージの湧きやすい比喩です。これが、たとえば【尊師が庇護の言葉を述べる】だったとしたら、それほど強い印象を受けなかったと思います。

    諍いをぬかるみに喩える表現になじみを感じられるのは、「雨降って地固まる」ということわざが思い出されるせいもあるでしょう。

    ●雨を生かして地を固める

    そもそも「雨降って地固まる」のはなぜなのでしょうか。すこし無粋な気もしますが、そのプロセスを簡単に分解してみます。

    1. 対立が高じて本音をぶつけ合う(雨が降る)
    2. 時間をおくことで客観的に考えられるようになる
    3. すると、相手の言い分や自分の非が見えてくる
    4. 相手も自分と同じように感じていることに気づく
    5. 相手と自分についての理解がより深まる(地固まる)

    【ぬかるみに藁を敷く】とは、先輩の僧が応援コメントを出すことです。上のプロセスでいえば3の中の「相手の言い分が見えてくる」という部分を促す行為といえましょう。相手の立場で者が見られるくらい客観的な視点を持てれば、今度はその目で「自分の非が見えてくる」ので【自発的に告白する】ことができるようになるのだと思います。

    実際、七つの実践の中核は双方が【自発的に告白する】というステップにあると思います。ただし、とても難しい。だから先輩が「藁を敷く」。とても優しいアプローチです。

    「雨降って地固まる」のほうも、(固めるでなく)「固まる」という自動詞に、時間による癒やしを待とうという優しさを感じます。マネジャーは、部下が苦しんでいるのを見ると、ついコンクリートを上から流し込まんばかりの勢いで解決を図りたくなってしまいます。しかしゆるんだ地盤の表面だけを固めても、永くは持ちません。