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カテゴリー: 大事なことの決め方・伝え方

  • 047 因果関係のとらえ方のクセを測る

    望ましくない結果に陥れば、そこから抜け出るために原因を考えます。好調であれば、それを維持するために、やはりその原因を考えます。マネジャーの意志決定プロセスには、こういった原因の推察が欠かせません(1)

    しかし、不完全なデータから原因を考えるわけですから、そこには個人の主観が入ります。そういった因果関係のとらえ方のクセを整理できる、よい「軸」があります(2)

    • 内外軸(内的/外的):原因を自分に帰属しがちか、自分以外の何かに帰属しがちか
    • 時間軸(永続的/一時的):同じような状況では、いつでもその原因が同様の結果を繰り返しもたらすと考えがちか、それとも違う可能性が高いと考えがちか
    • 空間軸(全体的/部分的):その原因が他のあらゆる局面にも関わると考えがちか、その特定の状況だけに限定されると考えがちか
    • 可能軸(可変的/固定的):ある結果の原因を自分でコントロールできないものに帰属しがちか、コントロールできるものに帰属しがちか

    因果関係のとらえ方のクセを測る4つの軸*ListFreak

    簡単な例で考えてみます。あなたはマネジャーとしてプロジェクトのキックオフミーティング(プロジェクト開始時の打ち合わせ)で短いスピーチを行いましたが、残念ながらメンバーの反応は芳しいものではありませんでした。

    まず、そのスピーチを失敗と捉えるか成功と捉えるかのレベルも、人によって違います。メンバーの反応が同じでも、失敗と捉える人とそうでない人がいて、後者の場合にはそもそも問題として認識されないわけですが、ここでは失敗だったと認めざるを得ないほど反応が悪かったとしましょう。

    • 内外軸(内的/外的):スピーチの失敗は自分が口ベタだったせいだ/自分以外の何か(例:会場が暑くて小さくて暗かった)のせいだ
    • 時間軸(永続的/一時的):次回のプロジェクトでもこの口ベタのせいで同じ失敗をしそうだ/次回は大丈夫だろう
    • 空間軸(全体的/部分的):この口ベタのせいで、営業プレゼンも社内研修の講師も失敗しそうだ/ほかの機会では大丈夫だろう
    • 可能軸(固定的/可変的):この口ベタは性格だから直らない/練習すればうまくなるだろう

    抑うつ傾向のある人は、そうでない人に比べて内的・永続的・全体的・固定的な原因帰属をしがちだということが知られています(2)。一方で、抑うつ傾向のある人のほうが論理的に「正しい」原因帰属ができているという研究結果もあるそうです(2)。また、思考課題の成績はそのときの感情によって左右されるという研究もあります(3)

    軸のどの辺に位置するのがよいという一元的な指針はありません。仕事の種類によっても、望ましい偏りぐあいは違ってくるでしょう。たとえば、もともと低い成功率が想定される(セールスなどヒト系の)仕事では、失敗がほとんど許されない(オペレーションなどモノ系の)仕事のように精密には原因追究ができません。精神的にも保たないのではないでしょうか。

    研修ベンダーなどに相談すれば、自分の相対的なクセをつかむようなエクササイズを設計してくれるでしょう。日常業務のなかでは、自分と他人の原因帰属の違いを測るような機会がないのでなかなか難しいですが、結果から意志決定プロセスへのフィードバックを日常的に積み重ねていけば、ある程度はつかめるのではないでしょうか。EQ理論によれば、適切に感情を利用していくことで、そういった偏りを補正できます。


    (1) 堀内 浩二 『問題解決クイックガイド 行動を成果につなげる9つのステップ』(booknest、2010年)

    (2) E.B.ゼックミスタ他 『クリティカルシンキング (入門篇)』 (北大路書房、1996年)

    (3) デイビッド・R・カルーソ他 『EQマネージャー』 (東洋経済新報社、2004年)

  • 046 「それ」を感じた瞬間に書きとめておく

    ●「イヤな予感がする」と「イヤな予感がしてたんだ」では大違い

    本コラムの『意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく』という回では、情動や感情を意識下からのシグナルだと説明している神経学者や心理学者の見解を紹介しました。そのうえで、経験と感情をセットで記録することで経験のデータベースを育て、感情の動きを意志決定に活かしていけるのではないかと書きました。今回はその補遺です。

    我々には「後知恵のバイアス」というやっかいな認知バイアスが備わっています。心理学者のユージン・ゼックミスタは、著書『クリティカルシンキング・実践篇』で、後知恵のバイアスをこう説明しています(1)

    「人がある出来事の結果を知ったとき、自分はそのような結果になることを前から予測していた、あるいは本来ならば予測できたはずだという確信をもつ」

    何かの行動が失敗に終わり「やっぱり。イヤな予感がしてたんだ」と思ったとします。しかし、行動する前にほんとうにそう感じていたのか、それとも後知恵のバイアスによってそう感じてしまうのか、結果を知った後ではもはや分かりません。

    ●「それ」を感じた瞬間に書きとめておく

    感情が決断の直接的な引き金になるケース(蛇を見たので恐怖を感じて逃げるとか)では、感情を受け取ったその場で判断すればよいのですからシンプルです。しかし、われわれの社会生活における複雑な意志決定においては、そういう単純なシーンばかりではありません。さまざまな状況を観察し、いろいろと情報収集などもして、あれこれ考え合わせて意志決定をするようなことが少なくありません。

    その際に、われわれは後知恵のバイアスの影響を受けている、つまり「ある状況に初めて遭遇したときの感情状態を正確に思い出すことはできない」ことを理解している必要があります。そうでないと、EQを働かせているつもりが実は後知恵バイアスに振り回されているだけということになりかねません。

    後知恵のバイアスを補正するためには、「ある状況に初めて遭遇したとき」や「何かを行う直前」に感じたことを記録しておく必要があります。事後に読み返して奇異に感じたとしても、それが自分の感情シグナルの正しい精度なのです。

    ビジネスプランや戦略思考の研修では、新しいビジネスケースを読んだ瞬間に感じたことをメモしてもらっています(これはまったく個人的な経験に基づいたお勧めで、EQ理論や後知恵バイアスについて学ぶ前からそうしてきました)。

    たとえば、ケースの主人公がいきなりある仕事を任されたとします。自分が主人公だったらその瞬間何を感じるか。これは人それぞれです。いままでの仕事はどうなるのかに思いを馳せる人もいれば、引き受けることによって自分の処遇がどうなるのかがフッと心配になる人もいます。

    ところが、いざケースの状況に入り込んでしまうと「読んだ瞬間に何を感じたか」と聞いてみても、不思議なほど思い出せないものです。また思い出せたとしても、その情報にはあまり価値がありません。ケースの中に入り込んでしまった瞬間から、後知恵のバイアスが働いているのですから。

    もし「その状況に出合った瞬間の感情メモ」が残っていれば、100%正確にとはいかないにしても、当時の感情を思いだすきっかけになります。EQ理論にのっとれば、なぜそのように「感じた」のかを理解し、「考えた」ことと統合することで、よりよい意志決定にいたることができます。

    上記をふまえて、『意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく』で作ったリストを修正します。

    ◆感情を意志決定に活かすための、経験データベースの育て方
    1.どんな状況だったか、どう「感じた」か
    2.どんな選択肢があり、どう「考えて」どんな選択をしたか
    3.どんな結果になったか
    4.選択と結果をどう評価するか(=「考える」か)
    5.選択と結果についてどう「感じる」か

    実際には、こういった情報を意志決定をする案件単位で書いていくのは難しいと思います。業務日誌あるいは日記にこれらの情報を書きとめておき、大きな意志決定を振り返る際に編集していくのがよさそうです。感情を意志決定に活かすための経験データベースの育て方についてはさらに探究を続け、また皆さんにご報告したいと思います。


    (1) E.B. ゼックミスタ、J.E. ジョンソン 『クリティカルシンキング・実践篇―あなたの思考をガイドするプラス50の原則』(北大路書房、1997年)

  • 045 汎用的な問題解決のサイクル

    ●シンプルなツールを、長く使う

    プロは自分の道具を選び抜き、使い込みます。マネジャーも同じで、多くのフレームワークを知っているマネジャーが必ずしもよいマネジャーとは限りません。

    ある仕事でご一緒させていただいた方は、40を過ぎてから経営学の修士過程、いわゆるMBAを修められました。もちろんフルタイムで働きながら、週末を勉強に費やされた成果です。

    能力・姿勢ともに尊敬すべきその方は、修士課程を振り返り、次のようなことを言われました。修士課程で学んだのは、数々の経営フレームワークではなく、フレームワークを作って問題の全体像を把握したり、考え漏れをなくしていくという思考のスキルであると。

    知識の習得が有用でないという意味ではありません。もとより知識は学び続けなければならないものですが、問題への取り組み方のようなものは一度自分なりのやり方をつかんでしまえば汎用性があります。

    ●汎用的な、問題解決のサイクル

    ほぼすべての仕事で、問題を見出し、取り組み、解決に導くことが求められます。仕事柄、そして個人的な興味から、多くの問題解決の方法論を学び、そして試す機会がありました。実のところ、現在ビジネスの世界で共通言語として用いられている問題解決の方法論にはそれほど多くのバリエーションがあるわけではありません。わたしの知る限り、その源流は20世紀初頭のプラグラマティズムにあります。たとえばアメリカの哲学者ジョン・デューイが1938年に著した”Logic: The Theory of Inquiry”などは、現代のビジネスにおける問題解決の方法論の原型といってよいのではないでしょうか(1)

    もちろん、用途に応じてさまざまなバリエーションが開発されてきました。創造的な問題解決のために問題の発見に重点を置くアプローチ(例えばブレークスルー思考)や、問題の原因に深入りせず解決を志向するアプローチ(例えばソリューションフォーカス)などがそれにあたります。

    とはいえその核にあるものは、それほど変わってはいません。次に示すのは、そういった代表的なバリエーションを取り込んだ汎用的な問題解決のステップです。

    【めざすべき目的の再定義】
    ステップ1 [将来像] ありたい姿は何か?
    ステップ2 [価値観] なぜ、その将来像なのか?真に重要なのは何か?
    ステップ3 [目標] 具体的な到達点はどこか?
    【解くべき課題の定義】
    ステップ4 [分析] 目標と現状とのギャップはどこにあるのか?
    ステップ5 [推察] そのギャップは何によって生じているのか?
    ステップ6 [課題] 目標達成のために乗り越えるべき壁は何か?
    【解決策の実行と学習】
    ステップ7 [選択肢] 課題解決のために何ができ得るか?どれを選ぶか?
    ステップ8 [実行] どうやるか?
    ステップ9 [学習] 何を学んだか?

    問題は目指すべき目的の再定義によって常につくり出せるという立場から、「問題解決のサイクル」という名前を付けています。問題解決研修の副読本として使用しているものを、booknestでも頒布いたします(2)


    (1) チャールズ・サンダース・パース、ウィリアム・ジェームズ、ジョン・デューイ 『世界の名著 48 パース/ジェイムズ/デューイ』(中央公論新社、1968年)

    (2) 堀内 浩二 『問題解決クイックガイド 行動を成果につなげる9つのステップ』(booknest、2010年)

  • 044 「伝わる」ための7要素

    ●「誰が」「どういう文脈で」それを言うのか

    ある企業のリーダーシップ研修にコーチとして参加しました。参加者はシニアマネジャー/マネジャー/メンバーといった擬似的な階層をに作り出してプロジェクトを遂行します。その過程で、それぞれが果たすべき役割や壊すべき役割意識について、探究します。コーチ役は一切の操作や誘導をしないので、すべての学びは自発的に起きます。とはいえ、考えを深めてほしいポイントはいくつかあり、そこに向けた問いかけを練るのがコーチ役の仕事になります。

    わたしはシニアマネジャーの担当だったのですが、その回の参加者に対しては「いまの状況をマネジャーから見たらどうか?」という問いかけが届かず、焦っていました。届かないという意味は、問いかけを受け止めてはくれるものの、それについてほんとうに考え抜くには至っていないということです。

    そんな状況をマネジャー担当のコーチ(Aさんとします)に話したところ、Aさんはある手を打ってくれました。シニアマネジャーが協議している場所にふらっと立ち寄り、マネジャー担当コーチからの質問というかたちで、同じ問いかけをしたのです。

    その場面を脇から見ていて、Aさんの問いかけが強い内省のきっかけになったことが手に取るように分かりました。もちろんAさんのクエスチョニング・スキルが高かったという理由もあるでしょう。しかしそれ以上に、問いかけが「誰によって」「どういう文脈で」発せられたかという違いが、その気づきの違いを呼んだように思いました。

    ●「伝わる」ための7要素

    メッセージを伝えることそのものは、意志決定という作業には含まれません。しかし、自分の決定が受け手に伝わって、受け手が具体的な行動を起こしてくれて、はじめて意志決定の成果を問うことができるわけです。そう考えると、組織のマネジャーの意志決定は、その伝達と不可分です。

    何かが「伝わる」とき、そこには7つの要素が関係しています。

    • 送り手 ― ゴールによっては、あなたが最善の送り手とは限らない。
    • ゴール(送り手が望む、受け手の変化や行動) ― 「送り手が伝えたこと」ではなく、「受け手に伝わったこと」が「伝達されたこと」。
    • 受け手 ― 単数なのか複数なのか。直接伝えるのがよいか間接がよいか。
    • 状況(背景・文脈) ― 受け手は状況をどのように理解しているか。
    • コンテンツ(内容) ― 構成は論理的に。何かを「伝えない」というコンテンツもある。
    • モード(伝わり方) ― 「伝える」だけでなく、受け手に発見してもらうこともできる。
    • チャネル(手段) ― 他の6要素の選択によってある程度絞られる。自分の好き嫌いは二の次。

    「伝わる」ための7要素*ListFreak

    上で紹介したケースでは、「送り手」と「状況」が違ったことで、同じ「内容」でも伝わりかげんが大きく違いました。

    受け手に伝わったことがすべて。大事なメッセージを伝えるときにはこの7要素を注意深く選択すると同時に、相手への伝わりぐあいを観察しながら、さまざまな組み合わせを試してみるべきでしょう。

  • 043 「部下のため」に「自分のため」を語れ

    ● 「あなたのため」に「私のため」を語れ

     マネジャーの意志決定という作業の中には、日頃からの部下との関係構築が含まれます。部下の共感を得る方法に王道はなく、誰もが自分なりのスタイルを模索しています。

     コンサルタントの佐々木直彦は、自らの情報整理術を開陳した本で、共感を得るためには『「あなたのため」に「私のため」を語れ』と言っています(1)。今回はこの言葉を肴に、マネジャーと部下のコミュニケーションスタイルについて考えてみます。

     相手のこころを動かしたいからといって、相手のメリットばかりを強調するのは逆効果だということをご存じでしょうか。これは多くの人がはまりやすい「伝達の罠」です。


     一例を挙げます。新マネジャーAさんは、献身的なまでに部下の自発性をサポートする姿勢を打ち出しました。

    「キミのやりたいことを、やりたいようにやっていいよ。オレができる限り壁になるからさ」というスタイルです。Aさんはその理由をこのように言います。

    「自分が若い頃、さんざん上司に押さえつけられましたからね。そういうマネジャーには絶対ならないようにしたい、と思っていたんです」

     しかし、部下の眼にはどう映るでしょうか。マネジャーのAさんが組織と個人の間に生じるすべての軋轢の緩衝材になって、部下の自分は個人の目的を追求する。そんなモデルに持続性があるようにはとても思えません。Aさん自身のメリットが見えないので、薄気味悪く思うかもしれません。佐々木氏は「自分の本音をさりげなく相手に伝えることには、相手に安心感を与える効果がある」と言っています。

    ● 「私のため」だけでは共感は得られない

     Aさんと時を同じくしてマネジャーになったBさんは、自分の事情もさらけ出し、部下と同じ高さに立つスタイルを選択しました。

    「ぶっちゃけ、マネジャーの評定ってこうなってんのよ。オレもクビになりたくないからさ、悪いけどここは踏ん張ってくれないかな」というスタイルです。彼はこう言います。

    「どうせ同じ会社の歯車なわけだし、マネジャーだからって偉そうにしたくないんですよね」

     Bさんは、部下の眼にはどう映るでしょうか。Aさんよりは分かりやすい上司です。部下も「どうせ組織の歯車」的な仕事観を持っているならば、共感も生まれるでしょう。しかしそうでない場合、部下がBさんに抱き得るのは共感というより同情に近い感情です。

    ● 「私のため」にひそむ、「私」を超えた何かへの共感

     組織の目的と個人の目的が100%合致しないことくらいは、部下も承知しています。さらにいえば、個人的な目的を超えて目的を共有することで、組織は社会に大きな価値を提供でき得るということも。だからAさんのように「あなたのため」だけを連呼されても、Bさんのように当人だけに閉じたような「私のため」だけをさらけ出されても、どこか共感しづらいのだと思います。

     「こういう話をすれば必ず共感が得られる」というやり方はないでしょうが、個人的には、マネジャーは部下にこんな「私のため」を語ってほしいと思います。。

    • マネジャー自身はどんな「組織対個人」の葛藤を感じているのか。自分自身のために、それをどう乗り越えているのか。
    • この組織を通じてどんな価値を誰に提供したいと思っているのか。
    • 仕事を通じて、どんな人間になりたいと思っているのか。
    • なぜ同業他社でなく、この組織で働いているのか。

     こういった仕事観や人生観を共有することは、自らの意志決定の基準を共有することにほかなりません。したがって、重要な意志決定に際してなぜ自分がその結論に至ったかを部下が理解するのを助けます。


    (1) 佐々木 直彦 『時間をかけない! 情報整理術 〜 不況知らずのコンサルが実践している』(PHP研究所、2010年)

  • 042 内なる操作主義とたたかう

     昨年上梓した書籍『クリエイティブ・チョイス』をテーマにお話しさせていただく機会を得ました。その中で「組織における創造的な選択」というトピックを扱いました。

     クリエイティブ・チョイス(創造的な選択)も、当コラムのテーマである「意志決定」の一部です。今回はそのときの議論を振り返りながら、部下の意志決定力向上を支えることについて考えてみたいと思います。

    ●「我がこと」を突き詰めて、「皆のこと」まで突き抜ける

     「組織における創造的な選択」というトピックでは、以下のような流れでお話ししました(1)

    • 供給過剰の時代、企業の競争力の源泉は創造性である
    • 創造性の源は個人であり、組織はその増幅装置である
    • 組織における創造的な選択は、ある個人がその人の「我がこと」を突き詰めて、「皆のこと」まで突き抜けたところに生まれる

      この部分について、参加者のおひとりから印象深い質問をいただきました。

    「人材開発が仕事なので、いまの話をどう実践するかを考えている。どのようにして、一人ひとりを変えていったらよいのだろうか」

     自分は「変える」という言葉を使わないで考えるようにしている、というのがその場での回答でした。

     「我がこと」あるいは「当事者意識」「コミットメント」といった姿勢は、それが自発性の発露であるがゆえに、他人が操作することはできません。マネジャーは、いちど「人は自分が変わろうと思わない限り変わらない」という前提に立って部下との付き合い方を考えてみるべきだと思います。

     そんなことは分かっているよ、と言われる人は多いと思います。しかし、徹底的に、かつ現実的に、この前提に立って考えるのは、意外に難しいものです。自分がどれだけ操作主義的かは、会話に出てくる操作語をチェックしてみることで推し量れます。

    ●操作語をチェックする

     「操作語」というのは造語です。「(他人に)〜させる・せる」という使役の言葉と、「(他人を)変える・高める」といった操作の言葉の総称です。

     部下に「深く考えさせたい」「思考力を高めたい」といった言葉は操作語です。言葉尻の問題のように思われるかもしれませんが、われわれは言葉で考えますから、言葉の使い方に注意を向けるだけで発想が変わってきます。次に示す例は、人材開発部門の人との対話です。

    「研修の目的は何ですか」
    「社員の思考力を高めることです。あれ、『高める』は操作語ですね。社員の思考力が高まることです、かな」
    「研修で『社員の思考力が高まる』ものですか」
    「それは受けさせて成果を測定してみれば……」
    「『受けさせて』は操作語ですよ」
    「そうですね。『受けてもらって』では同じかな、『受けた後に』?」
    「研修を『受けさせる』ことなしに、皆さんは研修を『受ける』ものでしょうか?」
    「……どうでしょう、手を挙げさせるようにすれば、あ、『挙げさせる』も操作語ですね(笑)」

     操作語をていねいに排して考えると、こちらからできるのは、

    • 相手に期待を表明して、あるいは問いかけをして、
    • 相手の自発的な言動をとらえて、
    • それに反応する

    くらいになります。関係性によっては、期待を表明するだけで相手を操作できますので、1番目には注意が必要です。

     こちらからの働きかけがほとんどできなくなることに不安を感じるとしたら、それだけ統制的なアプローチであるという気づきにつながると思います。

     実際には、時間の関係でこのような回りくどいアプローチは難しいケースもあるかもしれません。しかしこのエクササイズの実践によって、統制的な環境においても、相手が自発性を持って行動する余地を作り出すことは常に可能であることが分かります。

    ●隠れた操作主義に注意

     「考えさせたい」が操作語というなら、「考えることを促したい・支援したい」であればOKなのでしょうか。

     これらの言葉は相手の自主性を尊重しているようですし、実際そうであるケースも多いでしょう。しかし、促し方によっては操作主義的になりえます。たとえば「深く考えることを促す」ために、報告書のフォーマットを決めたマネジャーがいました。理由を尋ねると「こうすれば、いやでも失敗の原因と対策について考えてくれますからね」とのこと。

     このマネジャーがもし考えることを促したいのであれば、フォーマット自体を考えてもらうこともできたでしょう。もう一段さかのぼって報告書の質を高めるためにできることを考えてもらうことも、できたでしょう。

     もちろんこういった選択には「正解」がありません。誰が何をどれだけ考るかは、時間の制約や部下の能力・視線の高さのような変数によって加減されるべきものであり、そういった資源配分こそまさにマネジャーの仕事です。

     ところで、今の例で、より真剣に「自発性」に目を向けているマネジャーはどうするでしょうか。さらに一段前から、つまり「報告書はどうあるべきか、それに比べて現状はどうか」という、問題意識の種を問いかけるところから始めるのではないでしょうか。そこから「報告書は何のためにあるのか」という、さらなる本質的な議論が始まることを期待して。


    (1) 堀内 浩二 『クリエイティブ・チョイス ― 必ず最善の答えが見つかる』(日本実業出版社、2009年)

  • 041 人生を見直すきっかけとなる6つの「シグナル」

    ピーター・ドラッカーは、キャリアのどこかで「退屈」が生じる可能性を示唆しています(1)

    知識労働者には、いつになっても終わりが無い。文句は言ってもいつまでも働きたい。とはいえ、30のときには心躍った仕事も、50ともなれば退屈する。したがって第2の人生を設計することが必要になる。

    問題は、われわれが「退屈」していることを感じ取れない、あるいは感じていても無視・抑圧してしまうことです。それは、社内での競争が忙しいためかもしれませんし、変化を自ら起こすよりは現状維持のほうが楽だと考えてしまうからかもしれません。

    EQ こころの知能指数』の著者ダニエル・ゴールマンは、2002年にHarvard Business Review誌に論文を投稿しています。『「燃え尽き症候群」を回避する自己管理術』と題されたこの論文に、「人生の棚卸しのタイミングを知る」という項がありました。自分の人生を見直すきっかけの訪れが、次の6つの「シグナル」としてまとめられています(2)

    1. 「行き詰まりを感じる」 ― 仕事の目的を見失って焦りを感じるが、成功した人ほど「降りる」のが難しい。
    2. 「もううんざりだ」 ― 成功への野心や意志といった気質を持つ人ほど「うんざりしている」という事実を認識するのは難しい。
    3. 「いまの自分は自分が望んでいるような自分ではない」 ― 適応性に優れた人ほど、みずからが信ずるところに従う代わりに、小さな譲歩を何度となく繰り返してしまう。
    4. 「倫理をないがしろにしたくない」 ― みずからの正義と対立する事態に直面して、自分の人生を見つめ直す必要に迫られる。
    5. 「使命を放っておけない」 ― まるで突然の啓示を受けたかのように「それ」を無視し続けられない衝動にかられる。
    6. 「人生はあまりに短い」 ― 人生の節目で、これまでの選択の是非を自問自答したり、達成してきたことと夢とを引き比べてみたりする。あるいは突発的なできごとによって、自分にとって大切なことがはっきりとする。

    人生を見直すきっかけとなる6つの「シグナル」*ListFreak

    特に、1の解説文の中にはハッとする記述がありました。われわれの多くは、「行き詰まり」を感じたとしても、状況を打開するようなチャレンジを簡単にはできない理由があります。たとえば、社会的地位や経済的な面での生活水準など。しかしその帰結はどうか。著者はこう述べています(2)

     これらの理由から、状況が好転することを期待しつつも、疲れた足取りで同じ道を延々と歩まざるをえない。安定にしがみついたり、よき企業市民たらんと努力したりするが、結果的には自分で自分の牢獄をせっせと築くことになりかねない。

    自分で自分の牢獄を築くとは、かなり厳しいコメントです。それだけ著者の危機感が大きいと読み取るべきでしょう。

    ゴールマンは、そういった「シグナル」を感知してその意味するところを自分なりに解釈するために、いくつかの方法を提案しています。なかでもページ数を割いていたのが「内省」でした。特別なメソッドを学んだりする必要はありません。彼が提案していたのも、過去を振り返る、人生の基本原則を定義する、やりたいことを書き出してみる、15年後の生活を描いてみるなど、いわば「ありふれた」エクササイズです。

    しかし、そういったありふれたエクササイズをやっていないことを知らせてくれるのが「シグナル」なのでしょう。ゴールマンは内省を促すために、先のような厳しいコメントを埋め合わせてあまりある、力強い応援メッセージを贈っています(2)

     つまるところ、その人生を早晩見つめ直す必要性が、ほとんどの人々に差し迫っている。内なる声に耳を傾ける機会に恵まれた人は、十中八九、これまでにもまして、強く、賢く、決意に満ちて、内省の時から戻ってくることだろう。


    1. P・F. ドラッカー 『プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか』(ダイヤモンド社、2000年)
    2. DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部 『EQを鍛える (Harvard business review anthology)』(ダイヤモンド社、2005年)

  • 040 意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく

    ●意志決定における感情の役割

    神経学者のアントニオ・ダマシオは、脳に損傷を負った患者の研究を通じて、意志決定における感情の役割を考察しています。ダマシオによれば、われわれは経験(どんな状況で、どんな選択をし、どんな結果になったか)を、その結果がもたらした感情と関連づけて分類・蓄積します。そうした関連づけがあるので、

    「特定の分類の特徴に一致するような状況がわれわれの経験の中にふたたびあらわれると、われわれは迅速かつ自動的に、適切な情動を展開する」と述べています(1)

    「迅速」かつ「自動的に」、「適切な」情動を展開するという部分を少し詳しく解説します。そもそも情動を展開するというのは、身体または脳からの情動信号が編集され、特定の「感情」としてわれわれの意識に届くことを意味しています。こういった情動展開プロセスは生存のために生物が発達させたものなので、つねに「迅速」に起動されます。このプロセスは、われわれが感知できるレベル(つまり意識)の下で「自動的に」行われます。

    そうやって生起した情動が「適切」かどうかは、見方によります。

    過去の類似の経験から将来の帰結を予測し、目を向けるべき選択に集中させてくれるという意味では「適切」に働いてくれます。たとえば、あなたが部下の評価をしなければならないとします。忙しい時期だったので評価の数字だけ書き込んで提出しようとしたそのとき、ちょっとイヤな感じがよぎったとしましょう。それは「過去、こんな状況でいいかげんな評価をして、観察が足りないと人事から厳しい注意を受けた(経験)。恥ずかしかったが、腹も立った(感情)」といった情報が経験データベースに蓄積されていたせいかもしれません。その場合、「このまま数字だけ提出すると、また腹立たしい結末になるかも」という警告が情動として生起し、それが「イヤな感じ」という感情として意識に届いたということです。

    しかし、つねにそれに従うべきかどうかという意味では、かならずしも「適切」とは限りません。経験データベースが「どんな状況でどんな選択をしてどんな結果になり、それをどう感じたか」という情報の蓄積以上のものではないとしたら、そこから客観的に正しい判断を引き出すことはむしろ難しいでしょう。とりわけビジネスにおける意志決定では、自分がどう感じるかよりは客観的に見てどれが妥当かという観点で決断しなければ、合意形成は難しいと思います。

    ●意志決定を振り返るときには「感情」もメモしておく

    しかし、直感ありきはよくないにしても、客観的に見てなお妥当な選択肢が見つからない(あるいは同じくらい妥当な選択肢が複数ある)場合には、マネジャーはどれかを選択せざるを得ません。もちろん、選択しないという選択肢を含めて。

    そのとき頼りにできるのは、やはり自分の情動・感情システムになってきます。ダマシオはこう書いています(1)

    「情動と感情には、将来を見るための水晶玉があるわけではない。しかし適切な文脈で展開されると、それらは近い将来や遠い将来における、ことの善し悪しを教える前触れとなる。」

    このシステムを強化する、つまり直感を育てるにはどうすればよいのでしょうか。すでに述べたメカニズムからすると、それは「経験と、それに伴う感情をしっかり結びつける」ことではないかと考えられます。

    失敗したら大いに落胆する。成功したら大いに喜ぶ。経験は感情によってわれわれのデータベースに刻まれ、同時にダマシオの言う「ことの善し悪し」の基準を育てていくように思います。

    なぜならば、何をもって成功・失敗とするかという基準がない限り、われわれは喜ぶことも悲しむこともできないからです。たとえば、同じ失注という失敗でも、悔しがるべき失注と、しかたないとあきらめるべき失注があるでしょう。その境界はマネジャーによって異なると思いますが、なんにせよ、われわれは感情を表すことで一つの評価を下すわけです。それについてどう感じたかをあいまいにしたままやり過ごしてしまうと、いくら経験を重ねても、それは賢慮につながらないのではないでしょうか。

    このデータベースづくりは、脳にだけ任せておく必要はありません。意志決定を振り返るときには、通常はまず結果の当たり外れを、次いで意志決定プロセスの良し悪しを評価すると思います。(本来はプロセスが先だとは思いますが)。ここに「どう感じたか」を加えておいてはどうでしょうか。たとえば

    1.どんな状況だったか
    2.どんな選択肢があり、どう考えてどんな選択をしたか
    3.どんな結果になったか
    4.選択と結果をどう評価するか

    こんな感じでメモをしているとしたら、そこに

    5.選択と結果についてどう感じたか

    という項目を加えるということです。これによって当時の意志決定を反芻しやすくなりますから、直感システムの強化につながるのではないでしょうか。


    (1) アントニオ・R・ダマシオ 『感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ』(ダイヤモンド社、2005年)

  • 039 6秒間で思慮深さを取り戻す

    ●「情動のハイジャック」を防ぐ「シックスセカンズ・ポーズ」

     売り言葉に買い言葉。瞬間湯沸かし器。火に油を注ぐ。われわれは突発的な事態に直面すると、往々にして感情のコントロールを失ってしまいます。ダニエル・ゴールマンはこういった状態に「情動のハイジャック」という印象的な名前を付けました。(1)

     動機づけの研究で知られるロチェスター大学のエドワード・デシ教授は、自律的になるにはこういった情動に飲み込まれない能力が欠かせないとしています。(2)

     『感情が行動を決めるかわりに、どう行動するかを選ぶための一つの情報となる。行動は感情の自覚と達成しようとする目的を考慮したうえで選ばれる。』(3)

     「情動のハイジャック」を防ぎ、デシ教授が理想とするような行動を選択するには、どうすればよいのでしょうか。

     幸いなことに、情動の寿命は数秒であることが知られています。EQ関連ビジネスを手がけるEQジャパンを率いる高山直氏は「シックスセカンズ・ポーズ」という方法を紹介しています。(4)

    怒りを感じたら「一、二、三、四、五、六」と六秒程度かかるように、ゆっくり数を数えます。次第に気持ちが落ち着いてくるのがわかるはずです。これはアメリカでは「シックスセカンズ・ポーズ」といわれるもので、EQ教育のパイオニア的存在である団体が子どもたちの情操教育に使って成功している方法です。

     数でなく花の名前を六つ思い出してみるのも有効とのこと。とにかく気をそらして、情動が鎮まるのを待つということですね。

     デシ教授は、情動をただやり過ごすだけでなく「どう行動するかを選ぶための一つの情報」として扱うと言っています。この辺りを掘り下げたのが、エール大学のピーター・サロベイ教授らによって提唱された「EI(EQ)理論」にほかなりません。(5)

    ●感情を素早く言葉にする「ラベリング」も有効

     情動をやり過ごすだけでなく、そこにひそむ意味を探るもっとよいやり方はないか。友人に紹介された、原始仏教の瞑想法(ヴィパッサナー瞑想)の入門書にヒントがありました。著者は「シックスセカンズ・ポーズ」を紹介した上で、より有効な方法として「ラベリング」を勧めています。(6)

     「怒り」「嫌悪感」「怒っている」とサティを入れて言葉確認(ラベリング)することにより、怒っている状態が対象化され、一瞬のうちに怒りを止めることができます。

     サティとは、著者の地橋 秀雄氏の言葉を借りると「いまの瞬間に気づくこと」。この瞑想法は、自分の「いま」の言動や感情を言葉にしていくことで、よけいな考え(雑念・妄想)を切り離していきます。

     わたしもさっそく試してみました(子どもたちのおかげで、情動が呼び起こされるネタには事欠きません)。たしかに自分の感情状態が客観視できそうですし、感情をあらわす言葉を選ぶのに時間がかかったりすると、それはそれで「やり過ごし」の効果も享受できます。奥の深い世界もあるのでしょうが、これだけのことであればたいして練習も要りません。

     この「ラベリング」によって脳に起きる変化を測定した実験がありました。感情を言葉にすると、扁桃体(情動の処理を行っている脳の部位)の反応が小さくなったとのこと。実験を行った研究者はこのように述べています。(7)

    私たちは、mindfulになるほど(「いま」に意識を向けるほど)右の腹外側前頭前皮質が活発になり、扁桃体が不活発になることを発見しました。

     感情的な経験を言葉にすると、言葉で考えるための部位(右の腹外側前頭前皮質)が活発になる。このことが扁桃体の活動を抑制するようです。

     EI(EQ)理論でも、自分(や他者)の感情を正確に理解することは、感情に関する諸能力の基礎として重視されています(「感情の識別」)。(5)

     会話の中で6秒間の間を作るのははいかにも長いですが、待つだけで確実に効果があります。ラベリングはさらに積極的に扁桃体の活動を鎮める効果があるようです。同時にEI(EQ能力)の開発にもなります。試すに値する知識ではないでしょうか。


    1. ダニエル・ゴ-ルマン 『EQ こころの知能指数』(講談社、1998年)
    2. エドワード・L. デシ、リチャード・フラスト 『人を伸ばす力―内発と自律のすすめ』(新曜社、1999年)
    3. ここで「感情」と訳されている言葉は、原著では”emotion”。つまりゴールマンの「情動」と同じです。文脈からすると「情動」が正確な訳です。
    4. 高山 直 『EQ こころの鍛え方 行動を変え、成果を生み出す66の法則』(東洋経済新報社、2003年)
    5. Peter Salovey, John Mayer et al. “Emotional Intelligence: Key Readings on the Mayer and Salovey Model“,  Natl Professional Resources Inc, 2004
    6. 地橋 秀雄 『人生の流れを変える瞑想クイック・マニュアル―心をピュアにするヴィパッサナー瞑想入門』(春秋社、2008年)
    7. The Science of Mindfulness Meditation” (Psych Central News)
  • 038 道徳的な判断に必要な3つの義務感

     先日、内部告発を行った元社員の方へのインタビューを見ました。転職した食品会社で不正が行われていることを知り、何年も悶々と過ごし、とうとう勇気をふるって告発に踏み切ったとのこと。

     こういう事件に接すると「法律違反と知りながら、なぜ告発までにこんなに時間がかかったのか」と素朴に思ってしまいます。しかし当事者の視点から見ると、状況はそう簡単ではないようです。

     街の有力企業がつぶれてしまったら、自分はもちろん同僚やその家族はどうなるか。不正もそのうち鎮まるかもしれない。どこかから監査が入って正してくれるかもしれない……。実際、告発を行ったその方は、地域どころか家族からも疎んじられ、いまは別の街で独居しています。もう70歳を超えておられます。こうおっしゃっていました。

    「告発が自分にとって良かったのか悪かったのか、分からない」

     この方のように明らかな違法を告発するケースでさえ、正しいと信じる決断をするのは難しく、しかも必ず報われるとは限りません。

     われわれも、日常生活や仕事の中で大小さまざまな決断を迫られますが、なかでも難しいのは倫理的な基準に照らして決めなければならないときだと思います。そんなときに、考えるべき視点をコンパクトにまとめたリストがあると考え漏れがなくなっていいですよね。次に引用するのは、国際政治学者ジョセフ・ナイの『リーダー・パワー』で見つけたリストです(1)

    • 【良心】個人や宗教に根拠を置くもので、完璧な道徳性をめざして人々を導くもの
    • 【一般的な道徳律】すべての人間が社会生活で持つべき義務として取り扱われる、一般的な道徳のルール
    • 【専門的基準】職業的な倫理、つまり、人の果たす役割に伴う義務と見なされる伝統的な期待

    道徳的な判断に必要な3つの義務感*ListFreak

     もちろん、たとえば「一般的な道徳律」といっても、どこからどこまでが一般的なのかという基準が明示されているわけではありません。このリストは、判断にあたって使うべきものさしの種類を教えてくれているだけであり、ものさしに目盛りを振るのは個々人の仕事です。

     個人的な良心。社会的な道徳。職業的な倫理。ナイ氏は、それぞれについて目標・手段・結果を吟味することを勧めています。

     この3つが互いに矛盾するとき、われわれは悩みます。たとえば、個人的な良心を貫くために、職業倫理に違反する必要があるかもしれません。しかし、この3つが健全に対立(3つですから鼎立ですね)していなければ、道徳的な判断ができないかもしれません。冒頭の例で言えば、良心の鈍った食品会社の社長にとっては、職業的な倫理に従うことはもはや義務(法律上の拘束という意味ではなく、個人としてなすべきことという意味で)ではありませんでした。


    (1) ジョセフ・ナイ 『リーダー・パワー』 (日本経済新聞出版社、2008年)